企業の経営課題や社会課題に対して、デザインの視点や思考を活用して戦略的にアプローチするストラテジックデザイン。デザイナーの役割自体が「かたちをつくる人」から「意味と価値を編みなおす人」とシフトしている中で、ブランディングとの関わり方はどう変わっていくのでしょうか。
ストラテジックデザインの中身やストラテジックデザイナーの役割については、これまで2記事にわたって紹介しておりますので、これまでの記事をまだ読まれていない方は、ぜひ今回の記事と合わせて参考にしていただければ幸いです。
「ブランディング」と「戦略デザイン(ストラテジックデザイン)」は、どちらも今や企業の成長や競争力強化に不可欠な考え方となりつつあります。しかし、その違いや役割が曖昧なまま使われているケースも少なくありません。
本記事では、ブランディングとストラテジックデザインとの違いや共通点を簡潔に紹介するとともに、さらに一歩進んだ相互関係についての考察します。
今後、ブランディングとストラテジックデザインの融合については、変化に強い企業体質をつくる上でも、”新しい常識”となると筆者は予想します。そこで、本記事がこれから本格的に自社のブランディングを強化したいと考えている企業にとっても、ブランディングとストラテジックデザインの考え方を融合させることでどのような成果がもたらされるのか?を考える一助となれば幸いです。
ストラテジック・デザイナー
T.M.
まず、簡単にブランディングとは何か?ストラテジックデザインとは何か?をまとめた図をご覧ください。
観点 | ブランディング | 戦略デザイン(ストラテジックデザイン) |
---|---|---|
対象 | 顧客との関係づくり | 経営課題・事業全体 |
手法 | 視覚的・感情的な訴求 | 論理的・構造的な問題解決 |
出発点 | 顧客にどう見られたいか | 社会や顧客に何を提供するか |
成果物 | ロゴ、メッセージ、体験設計 | 事業コンセプト、サービス設計、組織設計 |
従来のブランドは主にマーケティングの視点から論じられることが多くありましたが、近年においてはデザインの視点からブランドが見直されるようになりました。
後述する「ブランドにおけるコンテキスト(文脈)」の重要性について語られるようになったのも、ブランドを形成する社会的・文化的背景を考慮し、それに即したデザインによるアプローチからです。
ブランディングとは何か?具体的に知りたい方は、ぜひ過去の記事も合わせてご覧ください。
ストラテジックデザイン(戦略デザイン)とは、企業や組織が達成を目指す戦略的な目標にデザイン思考でアプローチするプロセスを主に指します。製品開発や設計にとどまらず、経営戦略や組織改革など幅広く関与しますが、ユーザーや経営マネジメントの両視点を大事にする点が特徴的です。
また、ストラテジックデザインは、「意味のデザイン」という概念と深く結びついており、製品やサービス単体だけを見るのではなく、文化的・社会的な意味を持つ存在としてサービス全体であったり、カスタマーやステークホルダーを含めたビジネスやシステム全体を設計することを重視するようになったことも関係しています。
ブランディングとストラテジックデザインについて簡潔に触れましたが、両者は似ているようで実は大きくアプローチの仕方や目的に違いがあります。
ブランディングとストラテジックデザインの違いについてまず紹介しましたが、両者には欠かすことのできない共通点があります。
それは、ビジョンや顧客視点です。
まず、ブランディングにおいても、ストラテジックデザインにおいてもビジョンなくしては実現しません。将来の望ましい姿を描き、それに向けて戦略をデザインするのがストラテジックデザインですし、MVV※1※1MVPとはMinimum Viable Productの略で、最小限の機能を有する製品という意味です。MVP設計とは顧客に価値を提供できる最小限の製品、つまり顧客が抱える課題を解決できる最小限の製品・サービスの状態を設計することを指します。の策定から価値観を伝えていく施策を考え実行するのがブランディングだからです。
顧客視点も両者にとって欠かせないものです。
ブランディングとストラテジックデザイン(デザイン)は顧客の視点抜きには成り立ちません。顧客のインサイトや感情、行動の背景を知ることによって、ユーザーにとっての”利用する意味”が創造できるのです。また、顧客との関係性を育む意味でも、ユーザー中心の価値創造が求められます。そのことからも顧客視点は欠かせないものとなっています。
※1 MVPとはMinimum Viable Productの略で、最小限の機能を有する製品という意味です。MVP設計とは顧客に価値を提供できる最小限の製品、つまり顧客が抱える課題を解決できる最小限の製品・サービスの状態を設計することを指します。
これまでブランディングやストラテジックデザインの違いや共通点について紹介してきました。ブランディングとストラテジックデザインはそれぞれ独立した考え方やアプローチの手法をとりますが、実はお互いに補完し合える相互関係を築けます。
例えば、ストラテジックデザインのアプローチにより設計された価値や体験をブランディングで言語化、VIに落とし込み、共有・伝達する流れが考えられます。
戦略やリサーチによる価値や体験の設計(ストラテジックデザイン)→言語化、VIによる可視化、共有・伝達(ブランディング)
つまり、ストラテジックデザインとブランディングは、企業においては「内」と「外」の役割を担うともいえるでしょう。
ストラテジックデザインが内部の設計図を描き、ブランディングがそれを外部に伝えていく。
ただ、外観や見た目を良くするだけではブランドは育っていきません。
企業のフィロソフィーや価値観、そのものが一連の顧客体験として伝わる時代だからこそ、ストラテジックデザインの戦略的、かつ広い視点を取り入れた長期的なブランディングを行うことによって、持続可能で共感・支持されるブランドを育てていけるのです。
こうしてブランディングとストラテジックデザインの役割を分担・連携することで「考えた価値」が「届く価値」へと変換されます。
1.戦略デザインが全体像を描く(Why・Whatの設計) 例:どの顧客に、どんな変化をもたらすかを定義する
2.ブランディングがその価値を伝える(Howの実装) 例:ビジョンをロゴ・コピー・顧客体験として一貫して可視化する
また、ブランディングとストラテジックデザインが連携することにより、以下のようなメリットもあります。
ブランディング施策にストラテジックデザインの視点を取り入れることで、経営目標や戦略に基づくブランド表現が可能になります。また、見た目だけでない意味の部分が明確になり、また顧客との接点から製品・サービス、社会における組織の在り方にまで一貫した「Why」を設計、顧客体験を構築できます。
ブランディングとストラテジックデザインが結びつくことで、「この方向性で合っているのか?」という迷いが減ります。ブランディング施策の方向性を、ストラテジックデザインの戦略的、かつHCT(人間中心)やユーザーの視点、幅広い視点での洞察により多角的に検証することにより、目的や手段を明確にしていきます。コミュニケーションの過程においても、ストラテジックデザイナーによるコミュニケーションデザインに基づく仕組みやアイディアにより、チーム全体で同じ方向に進む土台づくりができます。
ブランディングとストラテジックデザインの連携について説明しましたが、ここでブランディングにおいて重要視されるコンテクストの概念がストラテジックデザインに与える影響について紹介しておきます。
ブランドのコンテクスト(文脈)とは、ブランドの背景、関係性、意味づけを指し、それを深く読み解くことをいいます。
ロゴやキャッチコピーを変えるだけでは、ブランド力は強化されません。例えば、同じ「赤」を使ったロゴであっても、コカ・コーラとユニクロでは意味がまったく異なるのと同様、見た目だけではなく、意味や背景、歴史や文化をを深く掘り下げることによって、顧客だけでなくステークホルダーに深く共感されるブランドとなることから、ブランドのコンテクスト(文脈)化はとても重要なのです。
スウェーデン・ヨーテポリにあるチャルマース工科大学で行われた実験的な大学院生向けプロジェクトから得られたデータをまとめた研究結果「Strategic Design through Brand Contextualization(ブランドの文脈化を通じたストラテジックデザイン)」では、ブランドの文脈化がストラテジックデザイン(戦略デザイン)にどのようなインパクトを与えるのかを、理論的・実践的な観点から考察しており、とても興味深いので端的に紹介させていただきます。
上記の研究結果によると、ブランドは単なるマーケティング資産ではなく、戦略的思考を喚起する出発点として機能することが確認されたとされ、ブランドのコンテクスト(文脈)を分析することで、問題の構造や価値の本質に深く切り込めたとしています。また、デザインにおいては単なる形の創造ではなく、意味の媒介、および創出プロセスであるという視点が強調されている。つまり、「何を作るか?」という以前に、「それはどんな意味を持ち、誰にとってどのような価値を持つのか?」という問いを掘り下げていく工程から、「意味に基づくデザイン思考」の重要性が説かれています。これはまさにストラテジックデザインの考えそのものです。
その上で、ブランドの背後にある歴史、文化、関係性、価値観などのコンテクスト(文脈)を可視化するプロセスは、「問題の根底にある構造や意味への気づき」をデザイナー(ストラテジックデザイナー含む)に気づかせることでもあるとし、ブランド文脈化の本質を説いています。
ここにもブランディングとストラテジックデザインの関係における新たな可能性が感じられるのは、筆者だけでしょうか。
参考資料:「Strategic Design through Brand Contextualization」
著者:Toni-Matti Karjalainen(アールト大学 経営学部、フィンランド ヘルシンキ)
Alexandros Nikitas(チャルマース工科大学、スウェーデン ヨーテボリ)
Ulrike Rahe(チャルマース工科大学、スウェーデン ヨーテボリ)
いかがでしたでしょうか。
これからの企業には、「見た目の美しさ」だけでなく「経営戦略と整合性のあるブランド設計」が求められます。
そのためには、ブランディングで「どう見せるか」だけを考えるだけでなく、ストラテジックデザインで「なぜ・何のために」を問い直す、という両輪のアプローチが重要です。
「戦略デザイナー」や「ストラテジックデザイナー」といった専門家の力を借りながら、自社の強みを言語化し、社会にとって必要な存在としての「ブランド」を育てていきましょう。
繰り返しになりますが、ブランディングとストラテジックデザインの融合は、変化に強い企業体質をつくるための“新しい常識“になりつつあります。ぜひ自社にも本記事で紹介したアイディアを取り入れてみてはいかがでしょうか。
今日もあなたに気づきと発見がありますように