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  • Vol.188
  • Vision-making
  • 2025.10.17

従業員のエンゲージメント向上に強く関わるビジョン

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従業員の業務への関わり方、積極性を示す状態を示す言葉として、経営の現場で頻繁に耳にするようになった「従業員エンゲージメント」。日本企業の従業員エンゲージメントの現状を見ると、その数値は衝撃的です。Gallupの2025年版調査(※参考資料を参照)によれば、日本の従業員エンゲージメント率はわずか7%だというのです。つまり、このデータは、10人中9人以上が「仕事に熱意を持っていない/持てていない」状態を示しており、世界で見ても最低水準です。

実際問題として、多くの従業員は、業務内容や評価制度、上司との関係だけでなく、「自分の仕事がどんな価値を生み出しているのか」「自分は何のために働くのか」という根源的な問いに対する答えを見失ってしまっていることを物語っています。

一体、従業員エンゲージメントの低迷は何によってもたらされているのでしょうか? ビジョンメイカーとしての視点でこの問題を紐解いていきます。

1. 従業員エンゲージメントについて

1. 従業員エンゲージメントについて

まず最初に従業員エンゲージメントについて改めてその意味や定義について改めて見直してみましょう。また、従業員の意識調査に役立つ、Q12という方法についても紹介します。

また、従業員エンゲージメントに関しては以前の記事で、インナーブランディング※1※1社員の意識や行動規範と企業ブランドを統一して、MVV(ミッション、ビジョン、バリュー)を社内に浸透させる一連の工程を指します。との関連について紹介していますので、よろしければそちらの記事も合わせて参考にしていただけると従業員エンゲージメントとブランディング、そしてビジョンの相関関係の理解に役立つでしょう。

※1 社員の意識や行動規範と企業ブランドを統一して、MVV(ミッション、ビジョン、バリュー)を社内に浸透させる一連の工程を指します。

1-1. 従業員エンゲージメントとは何か?

従業員エンゲージメントとは、Gallup社※2※2アメリカの世論調査及びコンサルティングを行う企業。特に世論調査はギャラップ調査と称されて信頼度が高いことでも有名。の定義によると、「従業員が自らの仕事や職場に対して積極的に関わり、熱意と責任感をもって行動している状態」を指します。

エンゲージメントは、従業員が組織や仕事に対して示す「情熱」「貢献意欲」「心理的投資」の度合いによって示されます。具体的には次の3つの側面で捉えると分かりやすいです。

・「認知」(この仕事・組織をどう理解しているか)
・「感情」(仕事に対する満足、誇り、帰属感)
・「行動」(自発的な改善提案、顧客への一歩踏み込んだ対応、離職しない選択)

エンゲージメントが高い組織は、生産性が高く、顧客満足や従業員の創造性も向上します。一方で低いと、欠勤や離職、表面上は働いているが成果が出ない「消極的な在籍」が増えます。

※2 アメリカの世論調査及びコンサルティングを行う企業。特に世論調査はギャラップ調査と称されて信頼度が高いことでも有名。

1-2. 科学的指標となる従業員意識調査Q12

Gallup社は過去80年以上にわたり、世界中の職場を対象に従業員意識の調査を行ってきました。中でも有名なのが、「Q12」と呼ばれる12項目の質問です。これらの質問は、従業員がどの程度職場に関与し、貢献意欲を持っているかを測定するための科学的指標となっています。

例えば、次のような項目が含まれています。

・自分の仕事で期待されていることは明確ですか?
・必要な材料と道具は手に入りますか?
・毎日最も得意なことができる機会がありますか?
・上司や同僚から褒められることがありますか?
・職場での成長や発展の機会がありますか?
・自分の仕事が会社の使命や目標にどう貢献しているかを理解していますか?

詳細についてはGallup社の「Q12®を使って従業員エンゲージメントを測る」を参照

Q12は個々の質問スコアを集計して全体の「エンゲージメント比率」を出すほか、どの質問がボトルネックかを特定しやすいのが特徴です。
例えば「仕事の意味」が低く出るなら「ビジョン共有」に問題がある可能性が高い、というように因果に近い示唆が得られます。

これらの項目を見れば明らかなように、エンゲージメントとは感情やモチベーションではなく、「関係性の質」を問うものです。人と組織のつながり、マネジャーとの信頼、そして仕事の目的意識が、エンゲージメントの根幹をなしています。Gallupの調査によると、エンゲージメント上位25%のチームは、下位25%と比べて以下のような成果を上げています。

指標 — 上位群の改善率
指標 上位群の改善率
顧客ロイヤルティ +10%
生産性(販売) +18%
生産性(製造・評価) +14%
収益性 +23%
ウェルビーイング(生き生きとした従業員) +70%
組織市民活動(自主的な参加) +22%

一方、ネガティブな指標では欠勤率−78%、離職率−51%、安全性問題−63%と、エンゲージメントが低い職場ほどリスクが増すことも明らかになっています。

つまり、エンゲージメントとは経営における“感情の問題”ではなく、明確な経済的成果を生み出す「戦略指標」なのです。

2. エンゲージメントが低い根本的な要因は「ビジョン不在」にある

2. エンゲージメントが低い根本的な要因は「ビジョン不在」にある

では、なぜ日本ではこれほどまでにエンゲージメントが低いのでしょうか。

実は、日本の従業員は仕事そのものに対して「意味」や「価値」を見出しにくいという傾向があるようです。国際社会調査プログラム(ISSP)※3※31984年に発足した国際比較調査グループ。約40の国と地域の調査期間が参加している。科学的な手法に則った調査方法で実施され、調査結果は世界の研究者から高い評価を受けている。のデータによると、自分の仕事を「価値ある仕事」または「社会に役立つ」と答えた日本人の割合は、他の先進国に比べて10〜20ポイント低いのです。

その背景と実情についてZ世代を代表する若手社員の傾向も含めながら探っていきます。

※3 1984年に発足した国際比較調査グループ。約40の国と地域の調査期間が参加している。科学的な手法に則った調査方法で実施され、調査結果は世界の研究者から高い評価を受けている。

2-1. 「仕事の意味の不在」と日本型雇用の限界

従来の日本的雇用モデル(終身雇用・年功序列など)は、仕事を通じた「帰属」や「安定」を提供してきました。その背景には長年にわたる「メンバーシップ型雇用」、年功序列、組織忠誠を重視する文化があったことは周知の通りです。これは一見、安定をもたらす仕組みのように見えますが、実際には個人の目的意識や創造性を奪い、「何のために働くのか」という問いを曖昧にしてきました。

同時に、近年の多くのケースで、エンゲージメント低下の真因は「報酬」「福利厚生」などの表面的要素ではなく、組織が示す“未来の絵(ビジョン)”の欠落、あるいはそれが伝わらないことにあると指摘されています。しかし、産業構造の変化や個人価値観の多様化により、安定だけでは満足されなくなっているのが現状です。具体的には以下のような問題が挙げられます。

・会社の「何のために働くのか」が曖昧(=ビジョンが日常に落ちていない)
・仕事と個人の価値観・人生設計が結びついていない
・ルーチン化した業務が「意味のない仕事感」を生む

結果、従業員にとって日々の業務が「やらされ仕事」化してしまい、当然、エンゲージメントも下がります。

つまり、「仕事の意味の不在」こそが、日本型雇用の限界を象徴しているといえるでしょう。

ビジョンとは、そうした無意味感を打ち破る“希望の言葉”です。「自分の仕事が、組織の未来にどうつながっているのか」を明確にすることで、従業員は再び目的を取り戻し、エンゲージメントも相互作用的に高まっていきます。

2-2. 若手世代の“静かな反乱”

先述のGallupレポートでは、若手社員(ミレニアル/Z世代)の間で進行する「静かな退職(Quiet Quitting)」が注目されています。彼らは声を上げて反抗するのではなく、静かに職務から距離を置きます。その根底には、「自分の成長や目的が感じられない」という無力感があると考えられています。

若手世代は、仕事に対して「価値の共感」「成長実感」「ワークライフのバランス」を年長の世代よりも重視する傾向にあるとされ、彼らは強い反抗や離職で示すのではなく、以下のような兆候=“静かな反乱”を行うことが多いようです。

・最低限の仕事はするが主体性を出さない
・形式的なルールは守るが創意工夫をしない
・会社への貢献は限定的で、キャリアの拡張を個人で追求する

このような兆候を見逃すと、組織は「優秀な人材の潜在力」が発揮されないまま停滞してしまいます。

繰り返しになりますが、Z世代・ミレニアル世代にとっては「安定した職」よりも「意味のある仕事」「学びと成長」「社会的貢献」が重視されています。若手世代は「企業のビジョンが個人の人生ビジョンやライフスタイルと接続できるかどうか?」を重要視しており、企業に“完璧さ”ではなく、“共感”と“透明性”を求めています。こうした彼らに共感を生むのは表面的な制度や戦略ではなく、明確で誠実なビジョンなのです。
これだけでも、「なぜこの仕事をするのか」という明確で共感できるビジョンの再定義が必要だということが理解できるでしょう。

3. ビジョンがもたらす”心理的エネルギー”

3. ビジョンがもたらす”心理的エネルギー”

ビジョンは単なるスローガンではなく、人々の心理を動かすエネルギー源です。ここではそのメカニズムを整理しておきましょう。

3-1. ビジョンは“共感の設計図”

ビジョンは次の三層構造で設計すると分かりやすいです。

①目的(Why):存在理由、社会的意義
②方向性(Where):目指す未来像(3年〜10年)
③行動指針(How):日々の判断基準や優先事項

詳細については過去の記事を参照いただくとして、この三層を簡潔に伝え、組織の日常に落とし込むことで、従業員は自分の「今やっている仕事」がどの位置にあるか理解できるようになります。理解=意味付けができると、心理的エネルギー(モチベーション)が湧きます。

ちなみに心理学的に見ても、明確なビジョンを持つ組織では従業員の自己効力感(self-efficacy)と内発的動機の強さとの関連性がいわれています。
そもそも人間というのは、「自分が価値あるものに貢献している」と感じることで、長期的な努力を持続できるからです。

3-2. ビジョンとウェルビーイングの接続

ビジョンが従業員のウェルビーイング(心身の健全さ)に寄与する理由は以下です。

・意味の明確化 → ストレスの原因が特定しやすくなる
・方向性の共有 → 役割と期待値が明確になり不安が減る
・成果の連鎖感 → 小さな達成がビジョンへの貢献を実感させる

ウェルビーイング向上は欠勤率・離職率の低下、組織全体の創造性向上に直結します。
実務的には、ビジョンに紐づくKPI※4※4「重要業績評価指標(Key Performance Indicator)」の略で、最終的な目標を達成するためのプロセスにおける重要な指標です。を設定し、達成を祝う仕組みが有効です。

※4 「重要業績評価指標(Key Performance Indicator)」の略で、最終的な目標を達成するためのプロセスにおける重要な指標です。

4. 日本企業に多い?ビジョン策定が失敗する典型パターン

4. 日本企業に多い?ビジョン策定が失敗する典型パターン

とても残念な話なのですが、ビジョンを策定しても「形骸化」してしまうケースが少なくないのが現状です。原因はさまざまなのですが、ここでは典型的な失敗パターンと対処法を簡単に紹介しておきます。
あなたの組織も当てはまっていたなら、今すぐビジョンの中身とその運用方法を見直す必要があるかもしれません。

典型パターンと対応
①トップダウンで作るだけ(伝達止まり)
→ 対処:ワークショップで現場を巻き込み、共創する。小さな実験を設定して検証。
②抽象語ばかり並べる(実行に結びつかない)
→ 対処:3つの具体的行動に落とし込む(翌日からできることを明示)。
③現行評価制度と整合しない
→ 対処:評価・報酬にビジョン貢献を反映する。行動評価を導入。
④頻繁に変える/曖昧な更新ルール
→ 対処:更新ルールを定め、変更はストーリーで説明。現場の振り返りを設ける。
⑤言葉だけで測定していない
→ 対処:Q12や独自KPIで定期的にモニタリング。改善サイクルを回す。

以上に挙げたように、これらの問題を防ぐには、現場を巻き込んだ共創型のプロセス設計、具体的行動への落とし込み、評価制度との連動、明確な更新ルールの設定、そして定期的なモニタリングが欠かせません。

ビジョンを実践的に機能させるには、「策定して終わり」ではなく、運用と改善の仕組みまで一貫して設計することが重要なのです。

5. 共感できるビジョンと希望を語るリーダーの存在

5. 共感できるビジョンと希望を語るリーダーの存在

ビジョンを生かすには「語る力」を持つリーダーが不可欠です。ただし「演説上手」だけでは不十分で、次の力が必要です。

リーダーに求められる3つの力
①共感提示力:相手の立場に立って「この仕事があなたにとって意味がある」ことを示す。
②行動整合力:自らがビジョンに沿った行動で示す(言行一致)。
③育成力:ビジョンに貢献するためのスキル・環境を整える(教育、権限移譲)。

リーダーに関してさらに詳しく知りたい方は、過去にリーダーやリーダーシップに関する記事をぜひ参考にしてください。リーダーに必要な素質等に関しても紹介しています。

ところで、先に取り上げたGallupの「グローバル・リーダーシップ・レポート」(2025)によると、フォロワーである社員や従業員がリーダーに最も求める要素は、世界共通で「希望(46%)」でした。つまり、現代のリーダーは「安定を守る人」ではなく、「未来を描き、人々を導く人」である必要があります。

リーダーがビジョンを語ることは、単なるメッセージ発信ではありません。「自分たちは何者か」「どこに向かうのか」という“存在の物語”を言葉だけでなく行動によって語り、共有する行為だということを忘れずにいたいものです。

最後に: 組織文化としてのビジョン:「伝える」から「共に育てる」へ

ビジョンを組織文化に根づかせるには、トップダウンだけでは限界があります。必要なのは「共創」です。つまり、社員自身がそのビジョンの“語り手”となり、自らの言葉で再解釈できる状態を「共に育む」ことです。

従業員エンゲージメントが高い組織ほど、ビジョンは“所有物”ではなく“共有物”になっています。それは宗教的な信仰ではなく、共通の未来像に対する信頼のネットワークによってもたらされているのです。

「希望」をビジョンというカタチにして、従業員一人ひとりが自らの「希望」とできるよう共感できるものとして育んでいってほしいと願ってやみません。

参考資料:
・Gallup (2025) 『変革への挑戦:日本の職場の新しい姿』
・Gallup (2025) 『State of the Global Workplace 2025』
・明日山陽子 (2023) 『国際比較から見える日本のジョブの特徴』日本労働研究雑誌
・世界経済フォーラム (2025) 『The Future of Jobs Report 2025』
・OECD (2025) 『生産性指標総覧2025』 ・世論調査部(社会調査)西 久美子 / (視聴者調査)荒牧 央著『仕事の満足度が低い日本人 ~ISSP国際比較調査「職業意識」から~』

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