急速に変化する時代のなかで、価値観は多様化し、会社と社員の関係も大きく揺らいでいます。 「採用しても定着しない」と悩む企業と、「この会社で一生働くつもりはない」と考える社員。そんな声はいまや珍しくありません。2025年3月時点の有効求人倍率は1.26倍。売り手市場が続く中で、企業は社員とどう向き合うべきかが問われています。 住宅メンテナンス事業を幅広く展開する株式会社テオリアハウスクリニック(以下:テオリア)は、そうした課題に真正面から取り組もうとしました。断熱リフォームやホームインスペクションなど新規事業を次々と成功させてきた同社が立ち上げたのは、社員の成長とキャリア形成に特化した「キャリアをつくる学校」です。 「会社のためでなくていい。社員が興味を持ったことを業務時間に学び、自身のキャリアを築いてほしい」。そう語るのは、同社取締役の野田恒徳さん(以下:野田さん)。本記事では、数々の新規事業を先導してきた野田さんと、「キャリアをつくる学校」のビジョンをデザインで形にした当社アートディレクター寺田佳子(以下:寺田)が、その舞台裏を振り返ります。
目 次
野田さん:私が30年間テオリアで歩み続けてこられた大きな理由のひとつは、会社の「社風」と「文化」にあります。 入社当時から、無理な営業や押し売りは一切禁じられ、ノルマもなく給与が変動することもありませんでした。お客様に対しては常に誠実であることが徹底されており、たとえお客様の目に触れない床下の作業であっても、不要なサービスを提案することはしない。経営が苦しい時期もありましたが、その方針が揺らぐことはありませんでした。利益よりも誠実さを優先する姿勢に共感できたからこそ、私はここまで働き続けられたのだと思います。 また、テオリアには自然と穏やかで真面目な人が集まっています。お客様のご自宅に上がる仕事だからこそ、威圧感を与えない人柄を重視してきた結果です。私自身、上司に頭ごなしに叱られた記憶はほとんどなく、問題が起きた際には一緒に取引先へ謝りに行ってくれるような懐の深さがありました。その姿に何度も救われ、上司として「どう育て、どう支えるか」を考える原点にもなりました。 ただし、優しさだけでは組織は甘くなります。上司の役割は部下に寄り添うことと同時に、経営の視点から彼らの生活を守ることでもある。自分だけでなく周囲や会社全体をどう良くするか。その視点を持てたことも、私がこの会社で成長を続けられた大きな理由です。
野田さん:テオリアは気の優しい人が多く集まる組織で、それ自体は強みですが、同時に“強く引っ張っていく力”が弱まってしまうという課題も感じていました。外部パートナーと研修を行い刺激を与えようとしましたが、なかなか社員の意識を変えることができなかったのです。 特に若手の中には「研修」という言葉にアレルギーを持ち、学ぶこと自体に消極的な人もいました。私の世代では「働きながら学べることは良いこと」という感覚が強かったので、当初はその反発に理解が及ばず、長い間悩み続けました。 やがて気づいたのは、従来の研修は「会社が望む姿」に合わせてプログラムを選んでいたこと。それが社員にとってはプレッシャーとなり、自分ごととして捉えにくかったのではないか、ということです。そこで私は社員一人ひとりと面談し、率直な声を聞きました。会社への期待の薄さや、自身のキャリアへの悩みが次々と浮き彫りになり、正直頭を抱えることもありましたが、それが「テオリアの研修のあり方」を見直す大きなきっかけになりました。 他社様の経営層との対話や人材教育の書籍を読み重ねる中で、最終的に辿り着いたのは「テオリアの文化や社員の気質に合った研修こそが望ましい」という答えです。抽象的ではありますが、会社の精神に沿った形にすべきだと考えました。 その結論が「キャリアをつくる学校」です。社員の幸せにつながるのであれば、たとえ会社の業務と関係のないことでも構わない。テオリアで活躍してくれるのが一番嬉しいですけど、学んだ結果が転職につながったとしてもそれはそれでいい。そんな自由な学びの場にしようと決めたのです。
寺田:最初は、社内の価値観を共有し高め合うインナーブランディングのご相談だと受け止めていました。正直、「研修を受けて、やりたいことを見つけたらテオリアを最悪辞めてもいい」という考え方には戸惑いもありましたし、方向性を探る中で野田さんには何度もお時間をいただいてしまいました。ただ、試行錯誤を重ねることでテオリアハウスクリニックという組織を深く理解でき、結果的にそれが社員の皆さんの心に届くアウトプットへとつながったと感じています。時間をかけた分だけ貴重なプロセスになりました。 私たちがブランディングに取り組む際は、必ず「その企業は何者か」を掘り下げるところから始めます。創業ストーリーや代表の考えといったブランドDNAをひも解き、それがどこへ向かおうとしているのかを見極めるのです。 私の考え方は「答えは常にクライアントの中にある」というものです。新しさを追うこと自体が目的ではなく、半世紀にわたるシロアリ防除で培われた知見や文化、つまりブランド資産をどう社会と再接続するかが重要です。その資産は経営層だけでなく、社員一人ひとりが育んできた“企業人格”でもあります。 それをさらに飛躍させるのか、時代に合わせて磨き直すのか、あるいは思い切って再定義するのか。いずれにしても私たちの役割は、クライアントと共創しながら最適な形で世の中へ届ける“翻訳者”であること。価値を転換する過程で新しい要素を加えることはあっても、根幹となる答えは常にクライアント自身の中に宿る。この姿勢を、今回のプロジェクトでも一貫して大切にしてきました。
寺田:最初のヒアリングで見えたのは、社員の皆さんが研修に対して抱く“温度差”でした。特に若手からは「会社に押し付けられている気がする」「自分に自信がない」といった声が多く、私自身の経験とも重なりました。だからこそ“不安に寄り添うこと”を設計の軸に据えました。 現代は「転職時代」と言われ、AIによる職域の変化も進んでいます。若手は「このまま一社で働き続けていいのか」という揺らぎを抱えています。そこで研修を、単なる知識習得ではなく「自分の可能性に触れる場」と再定義しました。市場が「モノからコトへ」を経て、いまは“変身”への欲求が注目されている流れを取り入れ、「なりたいジブンをデザインする。」というコピーを提案しました。社員自身を主語に置き、主体的な変化を促すメッセージにしました。 同時に、ヴィジョンメイカーとして重視したのは「仕組み」よりも「関係性」です。研修は評価制度やキャリアパスといったハード面で語られがちですが、このプロジェクトはまだ詳細が固まっていませんでした。だからこそ、社員と会社がともに創り上げるプロセス自体に価値を見出し、信頼や共感を育む“ソフトなアプローチ”をめざしました。 「キャリアをつくる学校」は、野田さんのヴィジョンを体現する第一歩です。変化の激しい時代に、テオリアが次の50年、100年を歩むために必要なのは、社員一人ひとりが「自分の未来を自分でデザインする」という実感を得られる場だと考えています。その内発的なモチベーションこそが、テオリアハウスクリニックを“100年企業”へ導く原動力になる。私たちはその想いを、研修という枠を超えて未来につなげる表現として形にしました。
野田さん:昨年は3〜5人集まれば十分だと思っていましたが、今年は30人ほどの社員が参加を希望しました。これまで「研修は嫌だ」と言っていた社員まで手を挙げてくれたのは、BOELさんがこちらの意図を的確に汲み取り、デザインという形で伝えてくれたからだと思います。 開校間もないにも関わらず、これだけの反響を得られたのは、デザインが“旧来の研修”のイメージを払拭し、「やってみよう」と思わせる力を持っていたからだと思っています。また、BOELさんのデザインが良かったのは、見た目だけに偏らなかった点です。世の中にはオシャレさを前面に出したサイトは数多くありますが、「キャリアをつくる学校」は中身や背景をしっかりと理解し、掘り下げた上でデザインされていました。その結果、見た目と内容が伴った社員に響くデザインになったのだと思います。 実際に文章講座を受けてもらったところ、最初は「自分には関係ない」と言っていた社員が「講師として研修をやりたい」と言い出すまでに変わりました。受け身だった姿勢が自ら発信する側へと変わり、研修が“自分ごと”になったのです。 こうした変化は社員エンゲージメントを高め、自走する組織づくりにつながるはずです。小さな一歩に見えても、企業文化を可視化し、社員の成長体験をデザインできたことは、大きな意味があると考えています。
野田さん:「キャリアをつくる学校」は開校して間もないものの、すでに成果が見え始めています。ゆくゆくは私の手を離れ、今回手を挙げてくれた社員が次の世代を育ててくれることを期待しています。今はまだ芽が出たばかりですが、とても良い新芽だと感じています。 難しいのは、ただ楽しければいいというわけではなく、これを起点に今後、どういった展開をしていくか。 まだまだ、課題はたくさんあります。それでも「講師をやりたい」と名乗り出てくれる社員が現れたことは大きな希望です。自ら学び、それを会社に還元したいと思ってくれる人材が育つことこそ、この取り組みの本質だと感じています。私自身も「キャリアをつくる学校」という、まだ誰も試みていない挑戦がこれからどう広がっていくのか、とてもワクワクしています。
野田さん:この先の未来の結果がどうなるかは誰にも分かりません。でも、何かを行動に移せば変えられることは必ずあると思っています。大切なのは「自分たちにできることは何か」を考え、まず一歩を踏み出すこと。それがやがて未来につながっていくはずです。 「キャリアをつくる学校」も同じです。これから先どんな成果をもたらすのかは分かりませんが、常に「どうすれば社員が喜ぶか」「どうすれば主体的に動けるか」を考え続けています。それは「どうすればお客様に喜んでいただけるか」という問いと本質的には同じです。 目に見えにくい取り組みであっても、その積み重ねは必ず社員やお客様に伝わります。表面的な言葉では人の心は動きません。重要なのはマインドセットの部分です。何かを変えたいなら、まずは自分が本気で変わろうとすること。その姿勢こそが、社員にもお客様にもきっと伝わっていくと信じています。 寺田:今後「ヴィジョンメイカー」として、クライアントが持っているブランドの資産やアイデアを対象となるユーザーの心に響く形へ“翻訳”し、新しい問いを投げかけ続ける存在であり続けたいと考えています。変化の兆しを感じて一歩踏み出そうとする企業や個人には、たとえ輪郭がぼんやりしていても「ありたい姿=ヴィジョン」が必ず存在します。 私たちはその靄のかかったヴィジョンを丁寧に掘り起こし、クライアントと並走しながら輪郭を描き、社会と接続させる。そんな“伴走型クリエイティブパートナー”でありたいと考えています。 具体的には、既存の資産や強みを磨き上げるだけでなく、ときに視点を転換し、ストーリーテリングや体験設計を通じて共感の輪を広げること。そして企業の内外で新しい議論や挑戦を生み出す“触媒”となることです。 ブランドと社会と生活者、その三者をつなぐハブとして機能し、クライアントの「次の一歩」を後押しする存在であり続けたいと思います。
ブランディングに興味がある。
商品のデザインを一新したい。
いろいろやりたいが、
なにから手をつけていいかわからない。
どのようなことでも、まずはご相談ください。
わたしたちは、クライアントとの対話の中で
有益な問題解決を探ります。
「キャリアをつくる学校」は、企業内研修のあり方を見直し、社員一人ひとりの自主性を尊重した“選べる学びの場”として構想されました。 従来のようにカリキュラムを一律で受講するのではなく、社員が「学びたい」と感じたタイミングで、自らの興味や関心に合わせて自由に選べるスタイルが特長です。 私たちBOELは、この新しい研修サービスに込められた志や想いを丁寧に汲み取り、ブランドの方向性の整理からサービスデザイン・情報設計・コピーライティング・ビジュアルデザインまで一貫して支援。単なる制度紹介にとどまらず、社員のキャリア形成を支える場としての価値やストーリーが伝わるブランディングを目指し、プロジェクトを進行しました。