【前編】では、「サステナビリティ(持続可能性)」が企業ブランディングにおける新たな常識として捉えられている背景と実践方法について解説しました。サステナビリティはCSRの一部ではなく、環境・社会・経済の三本柱(ESG)を通じて企業価値を築く中核概念に変化することや、消費者や投資家、就職希望者もサステナブルな企業を積極的に支持するようになっており、企業にとって「サステナビリティ(持続可能性)」とは、「選択肢」ではなく「前提条件」となっていることを説明しました。
また、ブランド戦略としては、①社会課題と企業理念を結びつける「サステナビリティ・パーパス」の明確化、②ブランド体験における価値観の一貫性、③ESGレポート等による透明な情報発信が重要だとする一方で、見せかけだけの取り組み=「グリーンウォッシュ」への対策として、数値での成果開示、第三者認証の取得、ネガティブ情報の正直な共有が求められている現状についても取り上げました。
今後、サステナビリティを真に体現するブランドこそが、社会からの共感と信頼を得られる時代となる中で、後編となる本記事では、成功事例の紹介やそこから学べること、またサステナブル・ブランディングの未来について考えます。
ストラテジック・デザイナー
T.M.
【前編】の記事で詳述したサステナブル・ブランディングの実践例として、今回は代表的な成功事例として2つの企業の取り組みについて紹介します。
パタゴニアは、1973年創業のアウトドアウェア・ギアの製造販売をする会社で世界展開をしてそのブランドの知名度は誰もが知るくらいです。ミッションステートメントに「私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む。」とあるように、地球環境に対する姿勢は理念のみならず、すべての事業判断の中心軸に据えられています。
環境問題への意識の高さは、自然環境の保護/回復のために売上の1%(地球税)を利用することを誓約し、現金や現物での寄付の他、自然保護に貢献するための非営利団体の設立、活動を通じた「1% for the planet」というプロジェクトを展開しています。
また、環境助成金プログラムを実施して、環境自然動物保護団体であるNPO法人や社団法人等に向けた助成プロジェクトを展開しています。
他にもパタゴニアのブランド価値を形づくる特徴として以下のような点が挙げられます。
・製品の長寿命化
・修理文化の推進(Worn Wear)
・売上の一部を環境保護団体に寄付
・企業憲法に「地球を救うために存在する」と明言
参考資料:
・1% for the Planet
・地球が私たちの唯一の株主:イヴォン・シュイナード
パタゴニアというブランドは単なる「品質の高さ」ではなく、企業理念そのものがブランド価値として認識されている点に注目してください。
パタゴニアがどのように自分たちのブランド価値を創造しているのかを紹介しましたが、ではサステナブル・ブランディングの分野では一体どのような取り組みをしているのでしょうか。
サステナブル・ブランディングの施策としては、環境、社会的責任、ガバナンスといった主に3本の柱を軸にしています。
① 環境への徹底した配慮(Environmental)
・リサイクル素材の活用
→100%リサイクル・リサイクル可能素材の導入(例:リサイクル・ポリエステル、オーガニックコットン)。
・製品の長寿命設計
→「Worn Wear(ウォーン・ウェア)」プログラムにより、古い服を修理・再販・再利用することで大量消費を抑制。
・気候変動対策
→カーボンフットプリントを開示し、脱炭素経営を目指す。再エネ導入や環境活動団体への寄付も活発。
② 社会的責任の遂行(Social)
・サプライチェーンの透明性と公正な労働環境
→フェアトレード認証製品の拡大や工場の労働環境の定期監査を実施。
・社会運動への積極的な関与
→環境保護団体への寄付や、地域の環境活動を支援。選挙投票啓発活動など、政治参加も促す。
・従業員の働きやすさ
→フレックスタイム制度や、仕事と育児を両立しやすい職場環境づくりを推進。
③ ガバナンスと経営の革新性(Governance)
・ベネフィット・コーポレーション(B Corp)認証の取得
→環境・社会・経済への影響を含めて会社経営のあり方を問う企業形態。パタゴニアは早期にこれを採用。
・所有構造の変革(2022年)
→創業者イヴォン・シュイナードが全株式を慈善信託に移し、利益を全額地球環境保護に使う体制へ。これは世界的にも画期的な試み。
・透明性の高い情報開示
→Webサイト上で原材料、製造国、環境影響、サプライヤー情報を詳細に公開。
パタゴニアというブランド価値評価の特徴として、パタゴニアはロイヤルユーザー(企業やブランドに対して強い愛着や信頼を持つリピーター・顧客)の支持が非常に強い点は特筆すべきでしょう。
特に環境問題との向き合い方が注目されるアパレル業界において、”地球を守るためにこのブランドを選ぶ”という動機をもたらしていることにより、パタゴニアの環境保護活動に”自分も一員として参加している”という一体感を抱かせることに成功している数少ない企業です。
パタゴニアは、基本的にすべての意思決定や行動が「ミッション」に基づいて行われる、いわゆるミッションドリブンな経営により成功している点が特徴的で、ミッションを軸に従業員の方向性が統一され、限られたリソースを効果的に配分して、売上も堅調である点は、他の企業が学べることが多くあります。
しかも、「企業は利益追求だけではなく社改善にも責任を持つべき」というパタゴニアのアスペクトは、企業価値の新たな定義を世界に提示し、その考え方を共有するとてもオープンな企業です。
加えて、パタゴニアは単に「エコな商品を作る会社」ではなく、企業そのものがサステナブルな存在であろうとする姿勢により、強いブランド力を築いています。これは、サステナブル・ブランディングを成功させるうえでの模範的なモデルといえます。
パタゴニアの環境に関する姿勢を堅持する上で、事業売却しなかったことと株式をあえて公開しなかったことにより、環境保護活動への株主の介入を回避できている点も挙げられます。それは、パタゴニアが生み出す富をすべての富の源を守るために使用するという考えから、事業の繁栄を大きく抑えてでも、今後50年間の地球の繁栄を望んでいるという姿勢の現れでもあります。
これからさらにパタゴニアの活動には目が離せませんし、同時に多くの教訓を私たちに示してくれることでしょう。
サステナブル・ブランディングで成功している企業は海外だけでなく、国内にも存在しています。
飲料メーカーとして日本では誰もが知るサントリーは、サステナブル・ブランディングの成功事例として国内外で高く評価されている企業の一つです。特に「水」や「自然との共生」を軸に据えたブランディング戦略が特徴的で、企業価値の向上と社会的信頼の獲得を両立しています。
以下に、具体的な取り組みやブランド戦略の要点を紹介します。
・水資源の保全活動(天然水の森プロジェクト)
・プラスチック削減と再資源化への挑戦
・環境省との協働プロジェクト参加
国内企業でも、事業活動と社会課題解決の接点をブランディングに落とし込んでいる好例であるサントリーの企業ブランドについてサステナビリティの視点で紹介します。
サントリーの企業理念は「人と自然と響きあう」。この哲学のもと、同社は「水と生きる SUNTORY」をスローガンに掲げており、水資源の保護活動や天然水ブランド「サントリー天然水」などの商品そのものが水と自然の恩恵を伝える存在であるというブランドコンセプトのもと、パーパスとの一貫性を創出しています。
サントリーのブランド戦略は、製品開発だけでなく、実際的な環境保護活動への取り組みにも特徴があります。
① 水源の森活動(天然水の森)
2003年に開始した水源の森活動は、国内20都府県で展開しています。水源涵養(かんよう)活動として、森林整備や生物多様性保全を実施しており、実施面せきを2025年までに12,000hamにする目標を掲げています。
② ペットボトルのリサイクル(ボトルtoボトル)
サントリーは製品に使用しているペットボトルのリサイクルにも積極的です。使用済みボトルを再び飲料ボトルにする水平リサイクルという試みを行っています。また、ペットボトルの軽量化や植物由来の素材を活用することで、環境負荷を減らす取り組みもしています。
③ サステナブル調達
サントリーは紅茶やコーヒー豆、アルミ缶など、調達段階から環境と人権に配慮した国際認証(レインフォレスト・アライアンスなど)を取得・活用しています。
サントリーのサステナビリティ活動は、「社会貢献」と「事業成長」を分けずに、両者を戦略的に統合している点がポイントです。
・消費者に対する信頼性:透明な開示や継続的な取り組みで信頼構築
・選ばれる理由の明確化:商品が“エシカル“な選択肢であることを示す
・従業員の誇りとモチベーション:社員のエンゲージメントにも好影響
サントリーは、パーパス「水と生きる」という一貫した企業理念・哲学と環境戦略を表明しており、森林保全・リサイクル・脱炭素への具体行動を通して、単に社会との関係性や教育・地域共創を重視したCSR(社会貢献活動)ではなく、CSV的視点に基づいたブランド化、商品と理念が結びついたストーリーテリングを重視しています。
また、サステナビリティの可視化として、開示と第三者機関の認証による透明性の担保と信頼構築を実現している点には、他の企業にとって教訓となる部分が多くあります。
参考資料:
サントリーグループのサステナビリティ
先に紹介したパタゴニアやサントリーといった企業は、それぞれ異なる業種でありながら、サステナブル・ブランディングの先進事例として共通する成功要因を持っています。これら2企業の事例からは、サステナブル・ブランディングを実践する際に活かせる多くの教訓が得られます。
先に紹介した2社のブランドパーパスを振り返ると、
・パタゴニア:「地球を救うためにビジネスを営む」
・サントリー:「水と生きる」
どちらも、自社の活動がどのように社会や地球に貢献しているかを明確に示しており、単なる商品やサービスの提供以上の存在意義を持たせていることに気づくでしょう。
ブランドパーパスが事業実態と一致していなければ、「現行不一致」となってしまいます。一個人でいうところの「現行一致」をどこまで実現しているのか?が問われる部分です。
・パタゴニアは、環境保護活動の一環として製品のリペアサービスやリサイクル素材を使用。
・サントリーは、天然水やリサイクルボトルなど、商品そのものが環境活動の延長線上にある。
環境・社会活動を含めた企業の行動と提供する商品・サービスの内容が「一貫性」を持ち、顧客の共感を得ているのかどうか?をチェックすることが重要です。ブランド体験すべてに一貫性を持たせることで、ブランドへの信頼かんが醸成されます。
【前編】の記事でも取り上げましたが、どんなに優れた取り組みをしていても、伝わらなければ意味がありません。それと同時に、発信するからには、「現行一致」は避けて通れません。そこで、定量・定性の両面から継続的に情報を開示する。いい部分だけでなく、「うまくいかない」、「失敗」など、”できれば開示したくない”部分も、できる範囲で開示することで情報の透明性を担保できますし、何より企業としての「誠実さ」が伝わるのです。
パタゴニア、サントリー両社とも、第三者評価・認証や数値開示を積極的に行っており、グリーンウォッシュとは一線を画す姿勢を明確にしています。
・パタゴニア:1% for the Planet、フェアトレード認証
・サントリー:CDPの水資源評価「Aリスト」など
言葉だけでなく、証拠と実績で信頼を築くことが重要です。
顧客や社会とどのような姿勢で向き合っているのか?パタゴニアとサントリーの両者の姿勢と行動は以下の通りです。
・パタゴニアは顧客と共に環境保護活動を推進。
・サントリーは地域住民や子どもと共に「水育」活動。
ブランドが「発信」されるものではなく、顧客との「関係性を築く手段」となっている点がここでは1番重要な点でしょう。
上記に紹介したパーパス設計は、決して表面的ではなく、自社のコア事業と社会課題を接続する視点を持つことを忘れてはいけません。一貫性商品、広告、広報、社内活動すべてで一貫したメッセージを出した上で、さらに透明性認証、数値データ、進捗報告などの「見える化」で信頼を得ています。同時に、共感の醸成ストーリーテリングや顧客参加型の活動でエモーショナルなつながりを作ることで、経済性との両立を実現しています。その上で、サステナビリティと収益性を切り離さず、CSV(共通価値の創造)として設計しているのです。
成功事例に共通するテーマは、「社会課題解決を、事業成長と同時に実現できるか」です。パタゴニアもサントリーも、単なるCSRに留まらず、ビジネスそのものがサステナブルであることを目指しています。その姿勢が企業ブランド価値を中長期的に高め、消費者・投資家・従業員からの支持を獲得しているのです。
サステナブル・ブランディングの成功事例からそれらの共通点や得られる教訓について紹介してきましたが、それらを踏まえて企業ブランディングの変化から、将来においてどのように変化していくのか?という企業ブランディングの未来についてここでは考えてみます。
まず、過去30-40年の間に企業ブランディングをする上で何が重視されていたのかを図表に端的に表しました。
時代 | 重視される価値 | ブランド戦略の中心 |
---|---|---|
1980~90年代 | 機能性、価格 | 広告・差別化 |
2000~2010年代 | デザイン、UX体験 | デジタル・SNS |
2020年代~ | 社会的意義、信頼、共感 | サステナビリティ |
1980〜90年代は、製品の機能性や価格が重視され、「良いものをやすくという価値が消費者にとって商品やサービスを選択する上で重視されていました。企業はテレビ広告などを通じて他社との差別化を図ることが主流の時代でもありました。
2000〜2010年代に入ると、インターネット全盛の時代となったこともあり、デザイン性やUX(ユーザー体験)がより重視されるようになり、ネット広告を始め、デジタルメディアやSNSを活用したブランド体験の設計が主流となりました。顧客接点の多様化が進み、ブランドは「体験価値」で評価され始めたのものこの時期となります。
2020年代以降、消費者はブランドに、社会的意義や誠実さに対する信頼、共感を求める傾向が顕著になっています。先ほど紹介したパタゴニアやサントリーの例で見たように、企業の存在意義や環境問題への意識を含めた社会課題への姿勢が、ブランド価値を決定づける重要な要素となっており、サステナビリティがブランド戦略の中心に据えられています。
また2020年代以降の未来動向を予想する上で、現代(2025年現在)の若者世代である、Z世代・α世代を中心に、「社会課題に向き合う企業を選びたい」という価値観が広がりは無視できないファクターです。これは、マーケティング戦略というより、企業の生存戦略という視点においても決して見逃してはならない傾向です。
従来は「安い」「便利」「品質が高い」などが消費者の選択基準でしたが、現在はその商品・サービスが社会や環境にどんな貢献をしているかが重視されるようになっています。
特にZ世代・α世代(1990年代後半以降に生まれた層)は、購入時に「このブランドは自分の価値観と合うか?」「社会課題にどう向き合っているか?」をチェックする傾向が強いとされます。たとえば:エシカル素材、脱炭素設計、フェアトレードなどが購買の判断基準に。
・消費者は価格や利便性だけでなく、「環境や社会への貢献」に共感して選択する時代へ。
・Z世代・α世代を中心に、「意味のあるブランド」に価値を置く消費傾向が強まっている。
投資家や金融機関は、ESG(環境・社会・ガバナンス)の観点から企業を評価するようになっており、ブランド価値にも直接影響します。 ESGの高評価は「企業価値」「調達コスト」「株価」などにもポジティブな効果を及ぼします。「サステナブル≠コスト」ではなく、「サステナブル=競争力」になります。
・投資家・金融機関からの評価軸としてESG(環境・社会・ガバナンス)が浸透している。
・サステナブルな取り組みが企業価値・ブランド評価・株価に直結している。
サステナビリティを支えるのは理念だけでなく、最先端技術との融合です。感情や共感に訴えるブランディングから、科学的な裏付けを伴うサステナブル・ブランドへと進化しています。ブロックチェーンでサプライチェーンを可視化し、透明性の高いブランドへ。
・再生可能エネルギー、循環型素材、AIを活用した省資源設計などの技術が進化。
・サステナブル戦略は“感情訴求“だけでなく、科学・テクノロジーの裏付けを持つものへ進化。
グローバルに展開するブランドほど、地域ごとの文化・課題への配慮が求められる時代です。画一的な“グローバル正解”を押しつけるのではなく、地域住民との共創により、その土地ならではのサステナブル戦略を立案する必要があります。
例えば、人口増加や気候変動の影響により水資源が不足するなど、いわゆる水ストレスを抱える地域での活動設計や労働環境への配慮などもこれに含まれます。
・グローバルブランドでも、ローカル視点(地域文化・課題)を踏まえた共創型戦略が求められる。
・「一律の正しさ」ではなく、「地域ごとの最適解」を探る姿勢がブランド価値を高める
以上の未来動向の予想をもとに、これから企業ブランドが選ばれる理由をまとめると以下のようになります。
・顧客体験「体験価値」もサステナブルに。イベントや空間デザインにもエシカル要素が反映される。
・コミュニケーションSNSを活用した「透明性」「共感」「共創型ブランド」の台頭。
・組織文化ブランドが社外だけでなく、社内文化(エンゲージメント・採用)にも影響を与える。
・ビジネスモデル使い捨てから「サブスク」「シェアリング」「アップサイクル」など、循環型の新モデルが主流に。
・グローバル戦略「世界規模の社会課題」と向き合う姿勢が、国境を超えたブランド価値を形成する。
また、今後求められる企業ブランドの姿に含まれる要素は以下の通りです。
・本質的な社会課題と向き合っている
・顧客・地域と共に価値を創造している
・誠実で透明性のあるコミュニケーションを取っている
・経済性と社会性を両立させるビジネスモデルを持っている
【前編】・【後編】と2回にわたって、サステナビリティの観点から「企業ブランディング」の将来の形「サステナブル・ブランディング」について紹介するとともに、これからの未来における企業のあり方について考えました。
サステナブル・ブランディングは、これまでの「単なるPR」の領域を越え、「経営と企業成長の核心」となっていくでしょう。ステークホルダーにとって、企業のブランドは、ユーザーにとってだけではなく、社会や環境にとってどういった意味があるのか?を問われる時代に入っているのです。
より広い視野を持つ企業のブランドが「意味のある存在」として社会に深く根づき、また残っていくことでしょう。
今日もあなたに気づきと発見がありますように