「ストラテジックデザイン(戦略デザイン)」という言葉を耳にしたことはありますか?
この考え方は、近年のビジネス界において重要なキーワードとなっています。
デザインと聞くと、ロゴや広告、Webサイトなどの「見た目」や「クリエイティブ」な仕事を想像する方も多いでしょう。しかし、過去十数年の間で、デザインの対象は「モノ」から「ユーザー」、そして「システム全体」へと広がってきています。そこで登場したのが、「ストラテジックデザイン」という新たな分野です。
企業の方向性、顧客との関係、サービスの在り方、社会課題の解決──これらすべてに深く関わる、いわば“デザイン思考の進化形”とも言えるのがストラテジックデザインです。
本記事では、初心者にもわかりやすく、「ストラテジックデザインとは何か?」を解説し、どのようにビジネスや社会に役立つのかを紐解いていきます。
ストラテジック・デザイナー
T.M.
ストラテジックデザイン(または、戦略デザインとも)とは、デザイン思考を、企業や社会の「戦略的な意思決定」に活用する考え方を基本としています。
従来のデザインが「製品」や「広告」といった“目に見える形のあるもの“を作ることを主眼にしていたのに対し、ストラテジックデザインは、目に見えない問題やシステム、仕組み、サービスの構築にもデザインの力を応用します。
時に、ストラテジックデザインは社会課題の解決手段としても用いられるようになっています。
ストラテジックデザインの手法が用いられるケースには以下のような例があります。
・企業のブランド戦略
・新しいサービスの構築プロセス
・顧客体験(CX)の全体設計
・社会課題の解決に向けた仕組み
・新規事業やイノベーションの構想
つまり、ストラテジックデザインは経営、マーケティング、商品開発、組織改革など、あらゆる戦略領域に関わる“思考の道具”となるのです。
また、ストラテジックデザインは、企業や組織、または事業が目指す目標に対して、どうしたらそこにたどり着けるのか?という道筋を可視化して、必要な課題や問題点を見つけることも含まれます。
ちなみにストラテジックデザインを担当する者は、ストラテジックデザイナーと呼ばれます。ストラテジックデザイナーには、デザイン思考やサービスデザインなどデザイン分野の知識だけでなく、ビジネスやマーケティング、ブランディング分野など幅広い知見が求められますが、特に重要だとされるのが、「視点」です。
ストラテジックデザイナーには、ユーザー視点とサプライヤーの視点(経営・マネジメントの視点)の両方が求められます。
プロダクトやサービスを提供するサプライヤー側のビジネス、マーケティング的な視点とユーザー側が欲するニーズやウォントには、「矛盾」が生じてしまうことがよくあり、その点でストラテジックデザイナーが間に入ることで課題の解消に導くことにつながる一方、2つの大きな視点を大事にするが故に両者の狭間で悩むのもまたストラテジックデザイナーです。
ストラテジックデザイナーの詳細についてはまた別の記事で具体的に取り上げます。
ストラテジックデザインが注目されるようになった要因には社会課題と時代変化のスピードなどが挙げられます。特に21世紀に入ってから、以下のようなビジネスを取り巻く環境が劇的に変化したことは無視できないでしょう。
・デジタル技術の急速な発展
・グローバル競争の激化
・顧客ニーズの多様化
・社会課題への対応要請
特に近年においては、「VUCA時代(変動性・不確実性・複雑性・曖昧性)」と呼ばれる、先が読めない時代だといわれています。そのような中で、「既存のやり方だけでは生き残れない」という危機感が多くの企業に広がりました。従来の直線的な計画やデータ主義だけでは変化に対応できないということになると、「未来を見据え、複雑な問題を創造的に解決する力」が求められるようになります。
「正解」がない、もしくは非常に曖昧(あいまい)だという問題をどう解決に導くのか?一筋縄ではいかないこうした厄介な問題を「wicked problem」と表現しますが、こうした問題を解決に導くヒントがデザインやクリエイティビティにあるのではないか?と考えられるようになりました。ビジネスにおいても「創造性」や「柔軟な発想」「顧客視点」を重要視するようになっているのは、周知の通りです。
こうした背景を踏まえて登場したのが、ストラテジックデザイン(戦略デザイン)です。
もともとストラテジックデザインは、社会課題を解決する手段としてヨーロッパを中心に発展してきました。また、ビジネスモデルの変革や新製品・サービスの開発といったイノベーションのツールとして西欧では国を挙げてデザイン全体の推進が行われてきたという経緯があります。
プロダクトやサービスのデザインの枠を飛び越えて、ビジネス戦略とデザイン思考を統合し、企業活動や組織全体を最適化していく手法として登場し、今では多くのグローバル企業だけでなく、後にも紹介しますが公的機関までがその考え方や概念を採用しています。
この点について、日本におけるデザインに対する一般的なイメージは、未だ自動車や電子機器といったプロダクトのデザインやWebデザインといった印象がまだ強く、サービスデザインやシステムデザインという概念が定着しているとは言い難いのが現状ではないでしょうか。
ここでは、ストラテジックデザイン(戦略デザイン)の持つ代表的な特徴を4つに分けて紹介します。
ストラテジックデザインでは、「何をどう作るか」よりも「何が本当の課題か?」を見極めることを重視します。たとえば、「売れない商品の改善」を依頼された時に、実は「買い手の体験設計」に問題があると気づく──そんな“本質を見抜く視点“が必要です。
ロゴやUI(ユーザーインターフェース)だけでなく、サービスの流れや、ユーザーとの接点、組織のあり方やメンバーの働き方までデザインします。これは「サービスデザイン」や「エクスペリエンスデザイン」とも重なる要素です。
直感やセンスも重要ですが、ストラテジックデザインでは市場データ、ユーザー調査、ビジネス戦略など、事実に基づく思考を重視します。「なんとなくカッコいい」ではなく、「なぜそうするか?」を説明できることが求められます。
戦略デザインは、一度きりのデザインで終わりません。継続的に改善し、変化に対応できる仕組み=デザインシステムを企業に根づかせることが目的です。
ここで忘れないでおきたいデザイン思考のポイントとして、「人抜き」のデザインは決してあり得ないということです。
サービスやシステム、組織をデザインするにしても、人が関わらないことはあり得ません。ユーザーはもちろんのこと、組織を動かす経営者やメンバー、内外のステークホルダーを含めた「人」に寄り添う視点が求められます。
この視点は、HCD(Human Center Design / 人間中心設計)という考えに基づきます。デザインの対象が「ユーザーやカスタマーデザイン」、「サービスのデザイン」からさらに一歩進んだ「仕組み全体のデザイン」へと変わっていったとしても普遍的なものであることを述べておきたいと思います。
その上でデザイン思考が民間や公共機関の双方において積極的に活用される未来が来るのではないかと考えます。
では、ストラテジックデザインはどのように使われているのでしょうか?ここでは具体的な事例を2つ紹介します。
Appleは、iPodやiTunes、iPhoneなどを単体のプロダクトとして発売するのではなく、UX(ユーザー体験)をトータルに設計し、少しずつ市場に投入しました。この製品やサービス、ブランドの「全体設計」と「投入順の戦略」が、Appleの成功の要因だとされています。
Appleは、音楽プレーヤー「iPod」だけでなく、音楽購入から管理までを可能にする「iTunes」と組み合わせたエコシステムを戦略的に展開しました。見た目のデザインだけでなく、ユーザー体験全体を設計したことで、世界的なヒットとなりました。
北欧系の政府系ファンドは社会課題の解決にデザイン思考やシステム思考を統合した試みを早期から展開してきたことで知られています。特にフィンランドのヘルシンキ市では、都市計画や医療システムの改善にストラテジックデザインを導入。市民参加型のワークショップやプロトタイピングで、市政に新しい風を取り入れています。
また、政府系イノベーション・ファンドのSitra(シトラ)の協力によって組織されたヘルシンキ・デザイン・ラボ(HDL)では、2009年〜2013年まで社会課題をストラテジックデザインによって実現しようとした試みとしてとても参考になる例ですので、紹介させていただきます。
参考:https://www.helsinkidesignlab.org/
北欧系の政府系ファンドは社会課題の解決にデザイン思考やシステム思考を統合した試みを早期から展開ストラテジックデザインは、以下のような悩みを持つ企業や組織にとって非常に有効です。
・新しいサービスや事業の構想に悩んでいる
・自社のブランドやコンセプトが曖昧で伝わりにくい
・社内のサイロ化(縦割り)を打破したい
・顧客体験を改善したい
・社会課題に向き合いながら価値を創出したい
ベンチャー企業から中小企業、大手企業、自治体まで、規模や業種を問わず導入できる汎用性の高さも、ストラテジックデザインの魅力です。
いかがでしたでしょうか。
ストラテジックデザイン(戦略デザイン)は、変化が激しい現代において、企業が持続的に成長するための「武器」です。見た目を整えるだけのデザインではなく、経営や組織に深く関与し、価値を創造する思考と行動のフレームワークです。
これからの時代、デザインは「誰が作ったか」ではなく、「なぜ・どう活かしたか」が問われるようになります。ビジネスにおける創造性と論理性を融合する「戦略デザイン」を、ぜひあなたの現場にも取り入れてみてはいかがでしょうか。
参考文献・資料:
・『Strategic Design: Creative Directions for a Changing World (English Edition)』André Coutinho他著
・デトロイトトーマツコンサルティング合同会社「デザインが企業の国際競争力に与える影響力等に関する調査研究報告書」
・ヘルシンキ・デザイン・ラボ(HDL)
今日もあなたに気づきと発見がありますように
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