先進事例から読み解く行政とデザイン思考


はじめに
私は、前職で、地方公務員として区役所に勤務していました。4年間ほど住民税関連の部署に在籍していましたが、税関係の制度や手続きの説明は非常に複雑でした。そのため、職員も、住民の方も、双方にとって負担があるな、と感じていました。税関係の事務だけでなく、住民票や戸籍、印鑑証明など、生活に必須の証明書関係を入手する際も、勤務時間と重なってしまい不便だ、との声をよくいただいていたのを覚えています。
このように、私が現場にいて肌で感じていたユーザーの声は、課題であり、デザイン思考の考え方を用いて改善する余地があります。これ以外にも、日々多様化していく住民のニーズに対応していくため、行政分野にデザイン思考を導入しようとする機運が高まっています。
ここでは、私が先進的と感じた行政施策を2つピックアップし、自分なりに分析することを通して、これからの行政施策にデザイン思考を活かしていく方法を考えていきたいと思います。
デザイン思考とは
はじめに、デザイン思考とは何か、おさらいしていきます。
デザイン思考とは、デザイナーがデザインを考える際に用いるプロセスを、ビジネス上の課題解決のために活用する考え方のことです。ユーザー視点に立って、サービスやプロダクトの本質的な課題やニーズを見つけ出し、ビジネス上の課題を解決するための思考法として、注目されています。
デザイン思考を実践するためには5つの重要なステップがあるとされています。
- 1 共感:ユーザー(利用者)に共感し、ユーザーが何を考えているか、どういった課題があるかを洗い出す。
- 2 問題定義:共感ステップで得た課題や気づきなどから、注目すべき問題を抽出・定義する。
- 3 創造:定義した問題に対するさまざまな解決策を検討・創造する。
- 4 プロトタイプ(試作):さまざまな解決策の中から絞って試作品を作る。
- 5 テスト:試作品をユーザーに使ってもらうなどして、ユーザーにとって問題解決になるのか、価値があるものなのかをテストする。
これを踏まえて、自治体の先進的な事例を見ていきます。
先進事例1)保育園とのやりとりをアプリ上で
茨城県つくばみらい市では、子育てしやすい環境を整備するため、公立保育園と保護者を結ぶ双方向のコミュニケーションの基盤となるサービスCHROMO(クロモ)を導入しました。これにより、アプリ上で保護者が保育園に欠席・遅刻の連絡をすることができるようになりました。また、お便りのデジタル化、保護者向けのアンケートのオンライン化が実現できた、ということです。
この事例を、デザイン思考のステップに当てはめて分析していきます。
共感や問題定義のステップでは、ユーザーの声にただ共感するのではなく、自ら対象になりきって、どんな課題があるかを考えていく必要があります。ユーザーが言語化できていない、より深いレベルでの課題が、問題の根本的な原因となっている場合があるためです。この事例では、共感・問題定義がとてもていねいに行われている印象があります。
具体的には、
「朝の忙しい時間帯に、欠席連絡のやりとりを電話で行なったり、紙ベースで連絡事項を伝えることがたいへんだ」
「保護者から役所への問い合わせ方法が電話に限られるとハードルが高く、保護者の声を集めることが難しい」
「若い世帯が多く、子育てに関する相談を誰にしたら良いかわからない、相談しづらい」
という課題に気が付いた点が、プロジェクトの成功のカギだったのではないかと感じました。利用者や現場の職員の声を直接聞いてみたり、自分がユーザーになりきって考えてみる、というところが、デザイン思考導入のポイントだと分かります。
先進事例2)検索しやすいお問合せページ
愛媛県松山市では、ホームページ内のよくあるお問合せ(FAQ)をまとめ直し、検索窓をつけるなど、充実化を図りました。この検索履歴を検証することで、時期によって住民に求められる情報を予測して、事前に公開することができるようになりました。そのため、FAQページへのアクセス数が大幅に増加し、電話でのお問合せを10%削減することができた、とのことです。
引用:松山市「よくある質問と回答集(Q&A)」
この事例で設定されている課題は、こちらです。
「自分の疑問について、どの部署に問い合わせたら良いかわからない」
「役所のホームページは情報が多すぎて、調べづらい」
これらは、住民にとっては、優先して解決してほしい課題の一つです。しかし、自治体にとっては取り組みづらいものです。その原因の一つは、自治体内の部署を横断するプロジェクトとなること。組織としてこれを問題として捉え、予算に含め、チームを編成して取り組むなど、かなりの時間とお金が必要になってしまうためです。
その点で、松山市では、以前からお問合せに一元的に対応するコールセンターを設置していました。このことから、組織として、住民の疑問をスムーズに解決することを重要視していたのかな、と感じます。多様な課題がある中での優先順位の付け方という点で、デザイン思考のステップ2の問題定義が巧みです。
また、ステップ3にあたる創造の部分も素晴らしいと感じました。具体的には以下のポイントです。
- 住民の目線で、住民の負担をなるべく軽減した解決方法(この例だと一元的にFAQが確認でき、検索も可能なページの設置)をつくることができている。
- 検索履歴から分析し、傾向を捉えて事前に内容を編集することで、住民にとってより使いやすく、職員の負担も長期的に軽減するFAQページを実現している。
検索窓を設置する、という方法一つを取り上げてみれば、「当然のことではないか」と感じるかもしれません。ですが、ありきたりでも、行政に関する質問の対応方法としては、一元化されたプラットフォームから自分の知りたい情報を検索できるシステムは適切です。デザイン思考の考え方で一番大切なのは、手法が斬新かどうかではなく、ユーザーの課題を解決することができているかどうか。その点で、この松山市の事例は、デザイン思考を上手に活用した先進的な事例だと感じました。
おわりに
デザイン思考の観点から、先進的な取り組みを分析してきましたが、いかがだったでしょうか。組織全体でデザイン思考の考え方を重要と捉え、取り入れていく必要があるため、最初はハードルが高く感じられるかもしれません。ですが、紹介した事例のように、デザイン思考の考え方を導入し、日々の課題に対応する手法とすることができたら、住民にとっても、自治体職員にとっても、より良い環境になるのではないかと感じています。
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