ジャポニズムとクラシック音楽の不思議な関係


ゴッホやモネが愛した浮世絵
はじめに『ジャポニズム』についてご紹介します。
『ジャポニズム』とは、19世紀後半に西洋で広がった「日本趣味」の流行と、日本美術の技法やアイディアを取り入れた芸術運動のことを指します。
1854年、それまで鎖国状態であった日本が日米和親条約の締結を機に開国し、幕府が外国との貿易や人の往来を許可したことで、日本の美術品や工芸品がヨーロッパへ数多くもたらされたことが背景とされています。
そして、このジャポニズムの広がりを大きく加速させたのが「浮世絵」でした。
葛飾北斎や歌川広重らの斬新な構図や鮮やかな色使いは、ゴッホやモネなど当時活躍していた多くの画家たちに強烈なインスピレーションを与えました。
ジャポニズム×クラシック音楽
ジャポニスムは美術工芸品だけでなく、音楽にもその影響を及ぼしました。
今回は代表的な3曲をご紹介します。
◾️ドビュッシー作曲:交響詩《海》
クロード・アシル・ドビュッシー(1862-1918年)はフランスの作曲家です。
ドビュッシーは、多くの詩人や画家と交流を持ち「音楽と同じくらい絵が好き」と語っていたと言われています。
特に日本美術に高い関心を示し、サロンの暖炉の上には仏像、仕事机のまわりには竹製の矢立てや鍋島のインク壺、鯉の模様のたばこ入れが置かれていました。そして書斎には、葛飾北斎の「冨嶽三十六景・神奈川沖浪裏」が飾られていました。
交響詩《海》は、この「冨嶽三十六景・神奈川沖浪裏」から着想を得て作曲されました。この作品は海の情景を描写した標題音楽で、楽譜の表紙画では富士山が描かれた右半分はカットされているところから、波打つ海に焦点を当てて作曲されたことが分かります。
ドビュッシーは「音楽とは、色とリズムを持った時間である」と語っています。その言葉通り交響詩《海》は、波打つ海を色彩豊かな音色と独特なリズムで表現しています。
演奏動画はこちら
ドビュッシー(写真左)とストラヴィンスキー(写真右)、交響詩《海》の楽譜の表紙
出典:MEISTERDRUCKE
、国際日本文化研究センター
◾️ラヴェル作曲 《鏡》より〈洋上の小舟〉
モーリス・ラヴェル(1875-1937年)はドビュッシーと同じフランスの作曲家です。
彼もまた自宅に浮世絵を飾るなど、日本の美術に強い関心を持っていました。
ピアノ曲集《鏡》の第3曲〈洋上の小舟〉は、ドビュッシーの交響詩《海》と同じく、北斎の「富嶽三十六景・神奈川沖浪裏」に着想を得て作曲されました。
しかし、ラヴェルの視点はドビュッシーとは異なるものでした。ラヴェルは、大きく描かれた海や富士山ではなく、波に翻弄される3隻の舟に目を向けています。
左手のアルペジオで波のうねりが表現され、そのうねりの隙間から舟が見え隠れしているように聴こえます。波に翻弄されて行ったり来たり制御が効かない様子が、見事に表現されています。
演奏動画はこちら
葛飾北斎『富嶽三十六景』
出典:大英博物館
◾️プッチーニ作曲 歌劇《蝶々夫人》より〈ある晴れた日に〉
ジャコモ・プッチーニ(1858-1924年)はイタリアの作曲家です。歌劇《蝶々夫人》は、長崎を舞台にした作品で、没落藩士令嬢の蝶々さんとアメリカ海軍士官ピンカートンとの恋愛悲劇を描いています。
ピンカートンがアメリカへ帰って3年。蝶々さんは、彼との間に生まれた子供と、メイドのスズキとともに、彼の帰りを待ち続けます。〈ある晴れた日に〉は、「ピンカートンは戻らない」と嘆くメイドに向かって、蝶々さんが「必ず帰ってくる」と言い聞かせるように切々と歌う、ドラマチックで悲しいアリアです。
このオペラでは、題材だけでなく、〈さくらさくら〉や〈お江戸日本橋〉などの日本の民謡や音階の素材が積極的に用いられています。日本のメロディとイタリア・オペラの息の長い旋律、甘美な和声が巧みに融合しています。
演奏動画はこちら
アメリカ海軍士官ピンカートンと蝶々夫人
出典:新国立劇場
おわりに
音楽は「時間」の芸術と言われます。その理由は、音楽が止めることができない「時間」という軸の上にしか成り立たない芸術だからです。
一方で、絵画は「空間」の芸術と言われ、その本質は永遠性にあります。絵画は、その存在が変化しないため、「時間」を消費することがないとされています。
ドビュッシーやラヴェルは、絵画という「空間」の中に流れる日本の「時間」を、音楽に変換して表現しようとしたのかもしれません。異なる側面を持つ芸術が影響し合うことで、新しい表現が生み出されていることを感慨深く思いました。
作曲された背景を知ると、より音楽の面白さを感じられると思います。
ぜひじっくり聴いてみてください。
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