会社の現在地を社会につなぎ直す「ブランドエクスペリエンス」
- 中小企業の経営者が、見た目の刷新だけでは解消できない「社会との認識のズレ」を、ブランドエクスペリエンスという経営アーキテクチャとして整理し直すことができる。
この記事でわかること
- 「現在地」が社会に伝わらないのは、接点間で言葉と振る舞いが分断されているから
- BXはUX/CXより広く、社員・取引先・地域・社会まで射程に含む経営の領域
- 中小企業の経営者には「自社内」「時間軸」「意図と表現」という3種類の認識のズレが現れる
- BtoB製造業のBXは「製品の外側にある経験」の意図的な設計である
- BX実装の起点は派手な施策ではなく「言葉」と「振る舞い」の見直し
- 着手前に「変えるもの/変えないもの」を分ける問いに答えることが重要
INDEX
1. なぜ「現在地」は社会に伝わらないのか — 接点が分断された企業の構造
2. ブランドエクスペリエンスとは何か — UX/CXとの違い
3. 特に事業継承した中小企業の経営者が直面する「3つの認識のズレ」
4. BtoB製造業こそ「サービスを売る」発想を — BXは製品の外側にある
5. BXは「言葉」と「振る舞い」で設計する
6. 「変えるもの/変えないもの」を分ける問い
7. BXは経営の意思決定そのもの


「サイトを綺麗にするだけでは、もう意味がないように思う」。
事業承継から10年、新しい設備を入れ、新規事業も立ち上げた。社内の景色は確かに変わった。それでも社外から届くのは、ずっと変わらない「下請け企業」「昔ながらの会社」というラベルだ。
会社は変わっているのに、社会からの見え方は変わっていない。このズレは、ロゴを変えてもサイトを刷新しても、なかなか解消されない。なぜなら、ズレは「見た目」ではなく、社会と企業が触れ合うすべての接点に分散しているからだ。
近年、こうした課題に向き合う経営者の間で語られ始めているのが、ブランドエクスペリエンス(Brand Experience:以下BX)という考え方である。BXは「顧客向けの体験設計」と誤解されがちだが、本質はそれよりずっと広い。BXとは、企業が社会と取り結ぶすべての接点を、ひとつのブランド文脈の中に通底させる経営アーキテクチャである。
本稿では、中小企業の経営者が直面しがちな「認識のズレ」を入り口に、BXがなぜ今、製造業の経営テーマになりつつあるのかを整理する。
1. なぜ「現在地」は社会に伝わらないのか — 接点が分断された企業の構造
会社の現在地が社会に届かない理由は、たいてい単純ではない。サイトが古いから、ではない。広報が弱いから、でもない。
最も多いのは、接点と接点の間で言葉と振る舞いがちぐはぐになっているケースだ。
・経営者が語るビジョンと、営業資料に書かれている自社紹介がつながっていない
・採用ページの言葉と、現場の社員が口にする言葉に温度差がある
・工場の見学者対応と、コーポレートサイトのトーンが噛み合わない
・新規事業の案内が、既存事業の文脈の中に位置づけられていない
ひとつひとつは小さなズレでも、合算すると「結局この会社は何者なのか分からない」という印象になる。受け手は接点を統合して企業像を作るので、接点が分断されていれば、受け手の中の企業像も分断されるのである。
ピーター・F・ドラッカーは、若者が企業に魅力を感じなくなった理由について、こう書いている。
「若者は企業にけっして敵対的ではない。あまり興味を抱いていないだけなのだ」
「高学歴の若者は、企業の基本的価値観をきわめて物足りないと考えているのだ」
──ピーター・F・ドラッカー「企業が魅力的であるために — 有望な若者の期待に応える」DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー, 2025年8月1日掲載
これは採用文脈の議論だが、敷衍すれば顧客・取引先・地域社会との関係にも同じことが言える。社会は企業に敵対しているわけではない。ただ、現在地を読み取れる手がかりが乏しいので、過去のイメージが上書きされないままになっているだけなのだ。


2. ブランドエクスペリエンスとは何か — UX/CXとの違い
BX、UX、CX。似た言葉が並ぶが、扱う射程はそれぞれ違う。
UX(ユーザーエクスペリエンス)
プロダクト/サービスの使用体験を対象とする。主語は利用者、起点は「使いやすさ・タスク達成」。
CX(カスタマーエクスペリエンス)
顧客との取引全体の体験を対象とする。主語は顧客、起点は「関係性・満足・LTV」。
BX(ブランドエクスペリエンス)
企業と社会の接点すべてを対象とする。主語はステークホルダー全員、起点は「企業の思想・存在意義」。
BXがUX/CXと違うのは、「顧客」だけでなく、社員・候補者・取引先・地域・株主・OB・社会全体までを射程に入れるという点だ。つまりBXは、マーケティング部門や広報部門が単独で担えるテーマではない。経営の領域である。
BXを「顧客接点のデザイン」だけだと捉えてしまうと、結局はキャンペーン施策や接客マニュアルの整備に閉じてしまい、肝心の「会社の現在地を社会に伝え直す」というゴールには届かない。


3. 特に事業継承した中小企業の経営者が直面する「3つの認識のズレ」
BOELが製造業の経営者と対話する中で、特に事業継承した中小企業の経営者には、共通して次の3つの「ズレ」が観察される。
ズレ①:自社内のズレ — 経営層と現場で語られる言葉が違う
経営層は「変革」「未来志向」を語っているが、現場の社員は「うちは昔ながらの会社だから」と話す。両者は同じ会社のことを語っているのに、まったく違う絵を描いている。
ズレ②:時間軸のズレ — 過去のイメージが現在に上書きされていない
10年前に取引が終わった顧客や、20年前に新卒で他社に入った同級生は、今もその当時のイメージで会社を語る。新しい設備、新しい事業、新しい人材は、まだ社会の認識に届いていない。
ズレ③:意図と表現のズレ — 「変えたつもり」が伝わっていない
経営者は「うちは変わった」と思っている。しかし、Webサイトの構造、会社案内の写真、社員の名刺、工場の入口、すべてが10年前のままだとすれば、社会は「変わった」と読み取れる手がかりを得られない。
ハーバード・ビジネス・レビュー編集部は、組織文化と魅力について次のように指摘している。
「健全な組織文化が人を惹きつけ、企業の競争力を高める」
──パナソニック コネクト プレジデント・樋口泰行氏のインタビューより。小島健志「『人を惹きつける会社』に変わる — 編集長ブログ」DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部, 2023年11月10日
組織文化は内側の話のように見えて、外から見える企業像と直結している。社員が自社をどう語るかは、社会が企業をどう認識するかの強力な手がかりになる。


4. BtoB製造業こそ「サービスを売る」発想を — BXは製品の外側にある
BXは抽象的に聞こえるかもしれない。だが、BtoB製造業にとって、BXは具体的な競争力につながる議論である。
ジェームズ・C・アンダーソンとジェームズ・A・ナルスは、製造業の高収益化について次のように論じている。
「製品それ自体にしか注目していないメーカーがあまりに多い。彼らは、自らの商品を差別化していくうえで極めて重要な役割を果たし、しかもコストや利益に重大な影響を及ぼすもう一つの要素を全く無視してしまっている。その要素こそが、サービスなのである」
「サービスという言葉は、従来考えられていたような技術的な問題の解決、設備、製品の設置、トレーニング、メインテナンスだけにとどまらず、より幅広い内容を持つものになっている」
──ジェームズ C. アンダーソン/ジェームズ A. ナルス「高収益メーカーはサービスを売る — マイクロソフト、ABBに学ぶ」DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー, 2024年9月19日掲載
ここで言う「サービス」は、保守や設置の話ではない。製品が顧客に届いてから、使われ、評価され、次の発注につながるまでの、一連の関係そのものを指している。
BXもこれと同じ構造を持つ。製品の機能ではなく、「自社と関わると、どんな体験になるか」を設計対象として捉える。問い合わせの一通目、見積書のフォーマット、納品時の挨拶、トラブル時の連絡の取り方、それらすべてが「この会社のブランド」を構成している。
製造業の経営者にとってのBXとは、「製品の外側にある経験を、自社の意思で設計する」ということだ。


5. BXは「言葉」と「振る舞い」で設計する
BXを実装する手立ては、決して大がかりなものばかりではない。むしろ、最も効果が出やすいのは「言葉」と「振る舞い」である。
ウォートン大学教授ジョナ・バーガーは、組織で共有される言葉が持つ力について、こう述べている。
「職場で共有されている組織的な言葉は、会話を促し、人々のつながりを感じさせ、仲間の一員だという認識を高めることができる。このような言葉は信頼感や親近感を高め、昇進の可能性を高めることもあるだろう」
「使い古されたマーケティングのコピーや、ありがちなスローガンは忘れられやすい。また、思いがけない言葉が特徴的な形で組み合わされると定着する」
──Jonah Berger『Magic Words』Harper Business, 2023 — ルーシー・スウェドベリ「言葉の力 — 多言語を使用することのパワー」DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー, 2023年9月30日掲載より
会社の現在地を社会に伝え直すとき、まず変わるべきは「言葉」だ。ただし、流行のキャッチコピーを上書きするのではない。「自社が普段、社内で使っている言葉のうち、社外にも届けるべきものはどれか」を選び直すことが起点になる。
そしてもう一つが「振る舞い」。たとえば、
・問い合わせフォームに返信する速度と、その文体
・商談で配布する資料の重さ・紙質・余白の取り方
・訪問時の応接の段取りと、見送りまでの所作
・社員が自社のことを話すときに、どこから話し始めるか
これらは「ブランディング」と意識されないことが多いが、受け手にとってはすべてが「この会社らしさ」の手がかりになる。BXとは、見えにくい部分を含めて整える行為である。


6. 「変えるもの/変えないもの」を分ける問い
ここまで読んで、「うちもBXに取り組まなければ」と感じた経営者がいるとすれば、最初に着手すべきことはひとつだけある。
それは、「何を変え、何を変えないか」を整理することである。
会社の現在地を社会に伝え直すとは、すべてを刷新することではない。むしろ、変えないものを明確にすることで、変えたものが際立つ。
問いの例
・創業から続いている価値観のうち、これからも変えてはいけないものは何か
・過去の象徴になっているが、現代には合わなくなっているものは何か
・社員が誇りに思っているものの、外には伝わっていないものは何か
・経営者の代替わりで意図的に変えた/変えなかったものは何か
この問いに答えられないまま、Webサイトをリニューアルしたり、ロゴを刷新したりすると、外面だけが新しくなり、社内外の認識はかえって混乱する。


7. BXは経営の意思決定そのもの
BXは、デザインや広報の手法ではない。「自社が社会とどう関係を築き直すか」という、経営の意思決定そのものである。
事業継承した中小企業の経営者にとってBXは、
・父や祖父の時代に築かれた価値観を、現代の言葉で言い直す行為
・過去のイメージに上書きされる新しい接点を、意図して設計する行為
・経営・採用・営業・広報・現場を、ひとつのブランド文脈で束ね直す行為
である。
会社が変わったことを社会に伝えるのは、ロゴでも、新しいサイトでも、PR動画でもない。社員一人ひとりが自社を語るときの言葉、取引先に届く一通の見積書、来訪者を迎える受付のひと言、そうした小さな接点の積み重ねが、最終的に「あの会社は変わった」という認識をつくっていく。
きもちよく、ここちよく、会社と社会の関係を組み直していくこと。それがBXに取り組むということだと、私たちは考えている。
参考文献・引用元
1. ピーター・F・ドラッカー「企業が魅力的であるために — 有望な若者の期待に応える」, DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー(オンライン), 2025年8月1日.
2. 小島健志「『人を惹きつける会社』に変わる — 編集長ブログ」, DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部, 2023年11月10日.
3. ジェームズ C. アンダーソン/ジェームズ A. ナルス「高収益メーカーはサービスを売る — マイクロソフト、ABBに学ぶ」, DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー, 2024年9月19日.
4. ルーシー・スウェドベリ「言葉の力 — 多言語を使用することのパワー」, DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー, 2023年9月30日.








