ストラテジック・デザイナー
T.M.
私たちが日々を過ごす「環境」は、決して自然にできあがったものではありません。都市、建築、学校、病院、公園、オフィス、商業施設、公共空間——それらはすべて、誰かの「設計」によって形づくられています。そして今、その設計思想は大きな転換期を迎えています。
これまでの環境デザインは、「機能性」、「利便性」、「経済合理性」、「量的拡張※1※1質を変えずに規模や数量を増やす成長の考え方で、人口・売上・設備・拠点などを“足し算”で拡大することです。」を中心に発展してきました。しかし、気候変動の深刻化、生物の多様性の急速な損失、都市と自然の分断、地域コミュニティの希薄化、そして価値観の多様化が進む現代において、「これまで通りの環境デザイン」だけでは、もはや持続可能な社会を支えられなくなっています。
今の時代に求められているのは、デザインという領域だけにとどまらない、より幅広い社会分野の知見「環境デザイン × ビジョン × 未来志向 × 多様性」を統合した、新しい環境デザインのあり方です。
本記事では、「環境デザインとは何か?」といった基本的な疑問から、なぜ「ビジョン」や「未来志向」と結びつく必要があるのか?、多様性とどのように関係しているのか?についてまで踏み込み、実践的、かつ具体的なステップにまで落とし込んで紐解いていきます。初心者にもわかりやすく、かつ専門性も担保した形で体系的に解説することで、環境デザインの未来型について考えてみたいと思います。
※1 質を変えずに規模や数量を増やす成長の考え方で、人口・売上・設備・拠点などを“足し算”で拡大することです。

「環境デザイン」とは、一言で言えば、次のように定義できます。
環境デザインとは、人と自然、社会が持続的に共存できる空間・仕組み・関係性を、意図的に設計すること。
よく誤解されがちなのが、環境デザインは単なる「見た目の美しさ」や「建物の配置」だけを扱うものではないということです。都市計画、建築、ランドスケープ、インテリア、サイン計画、動線設計、照明、音、緑化、エネルギー設計、さらには人の行動や感情の動きまで含めた総合的な設計思想が環境デザインの本質です。
日本では、以下のような分野がすべて環境デザインの領域に含まれます。
・都市環境デザイン
・建築・公共空間の設計
・景観・ランドスケープデザイン
・教育施設・医療施設の空間設計
・商業施設・オフィス空間の設計
・地域ブランディング・まちづくり
・環境配慮型インフラ整備
つまり、「人が生きる場のすべて」が環境デザインの対象であるといえます。身近な例でいえば、オフィスの机の配置や光の取り入れ方は、仕事の効率やコミュニケーションに影響します。学校の教室の色や家具の配置は、学習意欲や集中力に影響を与えるといった具合です。以下に環境デザインの役割を示す図を紹介します。
このように、環境デザインは「人・空間・社会」をつなぐ橋渡しの役割を果たしているのです。
高度経済成長期以降の日本では、「大量消費」に伴う、「大量生産」や「大量開発」が一般的で、環境デザインもそれらを前提とした上で成り立っていました。利便性や効率性が最も重要視していたデザインであったからか、経済発展と生活の利便性を大きく押し上げることに貢献した裏側では、同時に以下のような問題も発生してしまいました。
・都市のヒートアイランド
・緑地・生態系の消失
・生物の多様性の破壊
・空間の画一化と無個性化
・地域コミュニティの崩壊
・心理的な閉塞感や孤立
つまり、環境デザインが「人間の都合」だけで設計されてきた結果、自然・生態系・社会とのバランスが崩れてしまったのです。
2000年代以降、「サステナビリティ(持続可能性)」という考え方が世界的に広まり、環境デザインの前提そのものが変わりました。INSIGHTSの過去の記事においても、サステナビリティにフォーカスした記事を紹介しています。
サステナビリティという概念を取り入れつつある現在の環境デザインは、次の3つの視点を同時に成立させる必要が生まれたと考えていいでしょう。
| 観点 | 意味 |
|---|---|
| 環境的持続性 | 自然環境・生物多様性を守る |
| 社会的持続性 | 人の幸福・公平性・安全 |
| 経済的持続性 | 継続可能な産業と財政 |
以上に紹介した3要素が重なり合うところにこそ、本当の意味での「持続可能な環境デザイン」が成立します。
近年、環境デザインの分野において特に重要視されているテーマのひとつが、「多様性(バイオダイバーシティ)」との関係です。例えば、生物の多様性とは、単に「動植物の種類が多い状態」を指す言葉ではありません。実際には、以下の三つの層から成り立つ、きわめて重層的な概念です。
①遺伝的多様性
②種の多様性
③生態系の多様性
まず一つ目が遺伝的多様性です。これは同じ種の中でも個体ごとに異なる遺伝情報が存在することを意味し、病気や環境変化への耐性、進化の可能性を支える基盤となります。二つ目が種の多様性です。これは森林、草原、海、河川などに多種多様な生物が共存している状態を指します。そして三つ目が生態系の多様性です。森、湿地、干潟、里山、都市緑地など、さまざまな生態系そのものの多様性が、地球全体の環境バランスを支えています。
この三層構造が相互に連関し合うことで、私たちの暮らす地球環境の安定性や回復力は保たれているのです。生物多様性は、決して「自然を守るためだけの価値」ではありません。水質の浄化、気候の安定、食料供給、感染症リスクの抑制など、私たちの生活そのものを根底から支える“社会インフラ”でもあるのです。
しかし現代の都市開発は、この生物多様性に深刻な影響を与えてきました。
森林伐採による生息地の消失や河川の直線化や護岸工事による水辺環境の改変、アスファルトやコンクリートによる地表の被覆や、さらには高速道路や大型開発による生態系の分断。これらはすべて、都市の利便性や経済合理性を優先する中で進められてきたものですが、その代償として、生物が本来持っていた回復力や循環機能は大きく損なわれてきました。その結果、局地的な洪水やヒートアイランド現象、生態系の単純化、外来種の増加など、さまざまな環境問題が顕在化しています。
こうした状況の中で、環境デザインに求められる役割は大きく変化しています。これまでは「いかに自然を壊さずに開発するか」「いかに影響を最小限に抑えるか」といった“抑制型”の発想が主流でした。しかし今や、それだけでは不十分です。これからの環境デザインに求められているのは、生物多様性を単に「守る」ことにとどまらず、失われた生態系を積極的に回復させ、再生していくことそのものなのです。
都市の中に生態系を組み込む「ネイチャーポジティブ」な設計、緑地や水辺のネットワーク化、在来種を基軸にした植栽計画、そして人と生物が共存できる空間構造の再設計。こうした取り組みはすでに世界各地で始まっています。環境デザインは今、単なる「空間の設計」から、「生命の循環を再構築する社会装置」へと、その役割を進化させつつあるのです。

環境デザインと聞くと、多くの人は「空間づくり」「建物づくり」を思い浮かべます。しかし、これからの環境デザインにおいて最も重要なのは、「最初にどんなビジョンを描くか」という問いです。
ビジョンとは、「どんな未来を実現したいのか?」を言語化した、いわば、組織や個人における希望の光となるような道標です。ビジョンに関しては過去の記事にて詳しく紹介しておりますので、そちらも参照ください。
ビジョンなき環境デザインは、次のような問題を引き起こします。
・その場しのぎの開発になる
・コンセプトが途中でブレる
・利害関係者の合意形成ができない
・結果として「何のための空間か分からない」環境が生まれる
逆に言えば、「環境デザインは「空間づくり」ではなく、「未来づくり」である」という意識が、いま世界中で共有され始めています。
未来志向の環境デザインとは、単に「最新技術を取り入れること」ではありません。IoTやAI、再生可能エネルギーといった先端技術は確かに重要な要素ですが、それ自体が目的化してしまっては、本質を見失ってしまいます。未来志向の環境デザインの本質とは、10年後、30年後、さらには50年後においても、なお価値を持ち続ける空間や環境を構想し、実装することにあります。
私たちが今つくる都市、建築、公共空間、オフィス、学校、地域環境は、これから数十年にわたって社会の基盤として機能し続けます。だからこそ、「今、便利であること」だけでなく、「未来においても適応し続けられるか」「時代の変化に耐えうるか」という長期的な視点が不可欠なのです。
そのために、未来志向の環境デザインには、次のような複合的な視点が求められます。
・気候変動への適応
・少子高齢化・人口減少への対応
・多様な働き方・学び方への柔軟性
・災害への強靭性(レジリエンス)
・生態系との共生
以上に挙げた視点を統合すると、環境デザインはもはや「完成して終わり」のプロジェクトではなくなります。むしろ、時間とともに変化し、使われ方が更新され、社会や自然環境とともに“成長し続ける仕組み”をどう組み込むかが本質的な問いとなっているといえるでしょう。
また、未来志向のデザインとは何か?ということに対する理解も重要です。未来志向のデザインとは、現状の課題を解決するだけでなく、将来の変化やニーズを見越してデザインすることであり、環境デザインにおける未来志向のアプローチは、以下の3点に集約されます。
資源やエネルギーを過剰に消費するのではなく、環境負荷を最小限に抑えながら空間を成立させる設計思想です。再生可能エネルギーの活用、断熱性能の向上、自然素材の利用、ライフサイクル全体を見据えた設計などは、すべてこの持続可能性の考え方に基づいています。これは単なる「省エネ」ではなく、地球環境と共存し続けるための前提条件でもあります。
家族構成、働き方、社会制度、テクノロジーの進化などに応じて、空間の使い方は変わり続けます。未来志向の環境デザインでは、「今の用途に最適化しすぎない」ことがむしろ重要です。用途転換がしやすい構造、拡張・縮小が可能な設計、可変性の高いレイアウトなど、変化に耐えうる設計こそが、長く価値を持ち続ける環境を支えます。
未来志向の環境デザインは、単なる延長線上の改善にとどまりません。新しい技術や発想、異分野との融合によって、これまでになかった空間体験や社会のあり方を生み出していくことも重要な要素です。スマートシティ、デジタルツイン、環境データの可視化などは、その代表的な例と言えるでしょう。
このように、未来志向の環境デザインとは、「今を快適にするデザイン」ではなく、不確実な未来の中でも社会・人・自然が持続的に関係し続けられる“基盤”を構想する行為そのものだといえます。そしてそれは、技術・社会・生態系・人間の価値観を横断的に結び直す、極めて総合的なデザイン領域へと進化しているのです。
現代社会では、人々の価値観やライフスタイルはかつてないほど多様化しています。それに伴い、環境デザインにも「多様性を尊重する設計」が強く求められるようになっています。
代表的な例の一つが、バリアフリー設計です。年齢や身体能力に関係なく、安全かつ快適に利用できる段差のない動線、手すり、エレベーター、ユニバーサルデザインのトイレなどは、もはや特別な設備ではなく、標準的な設計要件になりつつあります。これは障害のある人のためだけでなく、子育て世代や高齢者、荷物を持つ人など、すべての利用者の利便性を高めるものです。
環境デザインにおける「多様性」とは、ただ単に“さまざまな人が使える空間”を意味する言葉ではありません。年齢や性別、障害の有無といったユーザーの属性に配慮するだけでは、多様性を本質的に捉えたことにはならないのです。私たちが真に向き合うべき多様性には、少なくとも三つのレイヤーが存在しると考えます。
・人の多様性(年齢・性別・障害・国籍・価値観)
・生態系の多様性(動植物・微生物)
・文化的多様性(地域性・歴史・風土)
これら三つの多様性は、これまでの都市開発や建築の現場では、しばしば「設計の制約」や「コスト要因」として扱われてきました。しかし現在では、その捉え方は大きく変わりつつあります。多様性こそが、環境のレジリエンス(回復力)と創造性を高める源泉であるという認識が、国際的にも広がっているのです。
多様性を適切に取り込んだ環境は、「特定の誰かのための場所」ではなく、「誰もが自然体で居場所を見つけられる空間」になります。そこには、利用者が自分らしく振る舞える余地があり、自然環境と調和し、さらに地域の歴史や文化が静かに息づいています。その結果、空間は単なる“設備”や“施設”を超え、人と人、人と自然、人と地域をゆるやかにつなぐ「関係性の場」へと変化していきます。
こうした多様性を内包したデザインこそが、社会の変化に対して強く、長く使われ続ける環境を生み出します。人口構成や働き方、家族の形、価値観が変わり続ける時代において、単一の使い方や価値観に最適化された空間は、いずれ必ず行き詰まりを迎えます。多様性を包摂した環境は、その変化そのものを受け止め、しなやかに更新され続けるのです。

ここからは、環境デザインとビジョンメイキングを「どう実務に落とし込むのか」という最も重要なテーマに踏み込みます。どれほど理念が優れていても、実行されなければ社会は変わりません。
未来志向の環境デザインは、以下の【5つのステップ】で体系的に進めることができると考えます。
最初に行うべきは、「いま、その環境で何が起きているのか」を定量・定性の両面から徹底的に把握することです。多くの環境問題は、表面的には見えにくく、複数の要因が絡み合うことで生じています。だからこそ、印象論ではなく、データと現場観察の両輪による現状分析が不可欠になります。
・緑地率・水辺環境・生物生息状況
→どれだけ緑や水が残されているか、在来種が生息しているか、生態系が分断されていないかを把握します。
・人口構成・年齢構成・来訪者属性
→子ども、高齢者、観光客、働く人など、誰がこの空間を使っているのか、または使えていないのかを明らかにします。
・・空間の使われ方(滞留・回遊・分断)
→人が集まる場所、素通りされる場所、行き止まりになっている場所など、行動の“偏り”を可視化します。
・エネルギー消費・排熱・騒音
→ヒートアイランド、空調負荷、騒音公害など、快適性と環境負荷の両面から検証します。
・安全面・心理的快適性
→事故や犯罪リスク、不安を感じやすい空間構造になっていないかも重要な指標です。
このステップで特に重要なのが、生物の多様性の視点です。
・昆虫や小動物の生息が見られるか
・水系が分断されていないか
・外来種だけが増えていないか
これらは、人にとっての快適性と同時に、その環境が「健全に循環しているかどうか」を測る極めて重要な指標となります。STEP1は、単なる現況調査ではなく、“見えない環境の歪み”を社会的課題として浮かび上がらせるフェーズとなります。
次に行うのが、「この場所は、20年後、どんな姿であってほしいのか?」という未来の物語を描くプロセスです。ここでは、過去の延長線上ではなく、望ましい未来から逆算して考えることが重要になります。
このとき、最もやってはいけないのが、「行政だけ」や「設計者だけ」であったり、「企業単体でだけ」ビジョンを決めてはいけないということです。なぜなら、ビジョンをはじめとした未来の環境は、特定の組織のものではなく、そこに関わるすべての人の共有財産だからです。
実際には、地域住民や子ども、高齢者や事業者、教育関係者やふくし、医療関係者といったさまざまな世代や立場の人が、各自の言葉で語る未来像を集めることで、環境デザインは「生きたビジョン」を持ち始めます。このプロセスを通じて生まれるのが、机上の理想ではなく、社会と接続した“生きた未来像”です。
未来構想で集められた声や思いを、次に行うのがビジョンとして明文化するプロセスです。ここでいうビジョンとは、単なる理想論ではなく、今後あらゆる意思決定の“判断軸”となる環境設計の上位思想を意味します。ビジョンは、以下のような要素で構成されます。
・キャッチコピー
・理念文
・デザインコンセプト
・行動原則
例えば、次のようなビジョンが考えられます。
・「自然と学びが循環するまち」
・「野生動物の通り道を取り戻す都市」
こうした言葉が定まることで、環境デザインは初めて「未来志向の設計」へと進化します。本ステップは、感覚的な理想を“共有可能な設計思想”へと翻訳する極めて重要な転換点なのです。
ビジョンは、掲げるだけでは意味を持ちません。次に行うのが、それを現実の環境に実装する設計フェーズです。ここでは、ビジョンは以下の3領域に分解して具体化されます。
「建築配置」や「緑地計画」、「公共空間の居場所設計」といった、どこに建物を置き、どこに緑をつなぎ、どこに人が滞在する余地をつくるのか。空間そのものが、ビジョンを語るメディアになります。
「人がどこに集まるのか」や「どう回遊するのか」、「誰と誰が自然に交わるのか」について考えると、人の行動は、空間によって無意識に誘導されていることに気づくでしょう。出会い、交流、学び、挑戦が生まれる動線設計こそが、ビジョンを“体験”へと変えていきます。
どれほど優れた空間でも、運営や制度が伴わなければ機能しません。ビジョンを支えるのは、目に見えない「制度設計」です。「利用ルール」や「管理運営規則」などが含まれます。
環境デザインは、「完成」した瞬間から本当の意味での社会実験が始まります。
・想定通りに人は集まっているか
・生物多様性は実際に回復しているか
・世代や立場を超えた交流は生まれているか
これらを継続的に観測・検証し、必要に応じて改善を重ねていく。この「育て続ける姿勢」こそが、未来志向の環境デザインの核心です。環境は、固定された完成品ではありません。人・自然・社会とともに“成長し続ける存在”として扱われてこそ、真に持続可能な環境になるのです。
環境デザインは、もはや単なる「空間をつくる技術」ではありません。環境デザインは、極めて社会的で、倫理的で、希望に満ちた営みへと進化しています。私たちがつくる空間は、「いま」を支えると同時に、どんな未来を良しとするのかという“意思表明”でもあります。これからの環境デザインの中心にあるべきものは、技術やトレンド以上に、ビジョンメイキングです。
また、環境デザインはもはや専門家だけのものではありません。企業、自治体、学校、地域の人々、そして子どもたち一人ひとりが、「どんな環境を、どんな未来へつなぐのか」に関わる主体となる時代です。正解が見えにくい時代だからこそ、必要なのは完璧な答えよりも、揺るがない意思だと考えます。
どんな未来を望むのか。
何を守り、何を変えていくのか。
その問いに正面から向き合い、自分たちなりのビジョンを言葉にし、空間に宿らせ続けること――
それこそが、これからの時代において環境デザインを支える、最も本質的な力なのではないでしょうか。
今日もあなたに気づきと発見がありますように